はた織

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「まるで泣いた後みたいだね」
 彼女にそう言われて、彼は不服そうであった。背の高い本棚の影に覆われて、彼の色白の肌が淡く灯る。未だ生者のように生命溢れる喜びに満たされていない。陶磁器の如き皮膚の下から東西の血潮が巡っているはずなのに、頬を色づく血色がない。目元から顎にかけて、青い血管がただ浮かんでいるだけだ。暗き影から、彼は蒼い眼光を放った。
「本当は、お前が泣きたいのだろう」
「そうかもしれない。あなたが私の代わりに泣いてくれているのね」
「一生拭えぬ涙だ。どうするつもりだ」
 彼は本棚に寄りかかって腕を組んだ。険しい顔をしているが、待ってくれる余裕はあるようだ。
「あなたがよく笑うようになったら、綺麗さっぱり消えると思うよ」
 微笑んだ彼女は、彼の頬に人差し指を当てた。皮膚の下から浮かぶ青い血管を目元から顎の下まで、すうっとなぞっていった。指先で滑るように撫でられたので、くすぐったかったのか。彼はつい身をよじった。
「これは笑ったことにならないだろ」
「あら、残念」
 くすくすと笑みをこぼした。
                  (250726 涙の跡)

7/26/2025, 1:18:19 PM