私は今年59歳になるが、いま、勉強が楽しく、春から新しい勉強を始める準備をしているところだ。
強制されてする勉強は、拷問のようかも知れぬが、好きでするなら道楽の1種なのである。
江戸時代に本居宣長(もとおりのりなが)という人がいた。彼は町医者であったが、国学者として名を残した。最も有名な仕事は「古事記伝」だろうか?彼はそれを書き上げるのに34年費やした。
宣長は私塾も開いて、沢山の弟子に教えた。彼は教師としても優秀だったらしく、その講義は「ため息が出るほど面白い」と弟子が評したくらいだった。
弟子には商人が多かった。商人は金を持っている。遊びもいろいろあった筈だ。
•*¨*•.¸¸♬︎達磨さん、こちら向かんせ世の中は、月、雪、花に、酒と、三味線•*¨*•.¸¸♬︎
なんて、さんざん遊んだ末に、結局勉強がオモロいと気が付いたのだ。
宣長の、勉強に対する情熱は、大和の魂を伝えたいと言うことに尽きると思う。
「大和魂」とは勇ましさではない、逆だ、「もののあはれ」なのである。
つまり、「雄々しさ」とは輝かしく、立派に見えるが、そんな価値観よりも、わが国の人々は「めめしさ」をこそ大事にして来たのだと、宣長さんは『源氏物語』を読んで気が付いたのだ。
『源氏物語』の評価も「淫乱の書である」とか「性をテーマに見せかけて政争を描いているのだ」などと言う解釈がなされていたが、宣長はそうではない、そのまま読め、「もののあはれ」を感じなはれ。と、言いたかったのである。
最近、日本の文化が他国から高い評価を受けるようになった。『SPY×FAMILY』『薬屋のひとりごと』『葬送のフリーレン』『鬼滅の刃』にしろ、共通する価値観はなにかと言えば、「めめしさ」なのではないかと思うのだ。
めめしさを尊ぶ文化は、他国ではなかなか見られない、特に米国の価値観では強いものが偉く、尊く、弱いものが蔑まれてしまう。
ハリウッド映画はハッピーエンドが多いというのが一般認識だが(そうでない作品もいろいろあるけど)、正義が勝ち、悪が滅びる、だけでは何かが足りなかったのだ。
偽装家族を本当に好きになってしまうスパイや、消滅する鬼に情けをかける戦士はめめしい。
けれど、そこが良いのだ。「めめしさ」こそ、大事にしなくちゃいけないのだと、世界は日本を見て気が付いて来たのではないだろうか?
3/30/2024, 12:05:31 AM