『Ring Ring…』
そっと彼の家の呼び鈴を鳴らすと、高く澄んだ綺麗な音が響く。私はこの音が好きだ。静かな森へ風に乗って木にぶつかりながら何処までも進んでいくこの音が。それに…。
近づく足音がした後、ドアが少しくぐもった音をたてて開く。鈴の音は彼に繋がっているのだ。
「いらっしゃい。いつもありがとうね」
「いいえ、私の為でもありますから。今日もお邪魔します」
「うん、お茶いれて来るから座って待っていて」
部屋の中に入るとふわりと暖気に包まれる。此処には彼の作る薬を代わりに売買する為に通っている。彼がたった一人で、しかもこんな森の奥で薬を作り続ける理由はずっと分からない。
「はい、どうぞ。今日は緑茶だよ」
「わぁ、良い香り」
手にすっぽりと収まるカップから熱が染み込んでくる。ふぅーっと冷ましてから飲むと今度は中から幸福で満たされてゆく。
「…美味しい。これも自家製なんですか?」
「ふふ、いつも本当に美味しそうに飲んでくれるから嬉しいよ。うん、これも僕が育ててる子達の一部だね」
「薬の質も何処より高いと、こんなに美味しいお茶も作れちゃうんですね」
「うーん、なんだかちょっと違う気がするけど…」
お茶が飲み終わるまで他愛ない話をし続ける。彼は自分の事は全く話したがらないけれど、なんて事ない話ならずっと付き合ってくれる。ちなみに、薬の事なら尚のこと教えてくれる、が、止められなくなるから要注意だ。
質問や言葉を躱される度、途方も無く大きな壁を感じる事も多い。それでも、受け入れてくれる限り、綺麗な音も神秘的な森も美味しいお茶も味わっていられる限り。彼と話せる限りは、ずっと通い続けていたい。
それが出来るなら私は、何も知らないままで良い。
この時間を壊さないように守り続ける為なら。
1/9/2025, 1:54:03 PM