私にとっては、ね
小春日和にぐんと背を伸ばして春の訪れを疑似体験した週末はとても有意義なものだった。
ずっと冷蔵庫や戸棚の奥に追いやられていた材料たちを混ぜて溶いて焼き上げる。甘く香ばしい匂いがしたら素早く手首を返して完璧な焼き加減に自画自賛が止まらなくなる。中まで火が通るのを鼻歌を歌いながら待って、用意した平皿に乗せる。
洗い物は後回しにして、清潔なスプーンで蜂蜜をたっぷり掬い上げては少し高い位置から垂らす。これを2回繰り返したら私好みの甘い至福のひとときの準備が整うのだ。
あのときのホットケーキは今までで一番の出来栄えだった。あんなに幸せな時間は、また過ごせるのだろうか。
ガタガタと揺れる窓をカーテンで隠して、ベッドにダイブする。毛布に羽毛布団にと重ねた素晴らしい寝床に潜り込み、幼い頃からお気に入りのすっかり古びてしまったタオルケットを首と掛け布団の隙間を埋めるように配置する。
よく分からないこの拘りこそ安眠を担保する重要な一手間である。寝相が悪いせいなのは内緒である。
雪が降るだの、どうだこうだとテレビで騒いでいたが、この地域は気温こそ下がるものの雪どころか雨さえ殆ど降らない乾燥した地域だ。恵まれているのか微妙なところではあるが水には困ったことがないので恵まれているということで間違いはないだろう。
まあ、よく晴れているのに寒いだけというのは物足りなさを感じるが仕方ない。道路の凍結にだけは気をつけたいところだ。
『あんたは幸せだね』
そんな言葉を何度浴びせられただろうか。
生活の些細な幸運は確かにあるが、それは私自身の幸せというよりその土地や周りの人の善意とかで成り立つものであって私個人とは何の関係もない。
日々の努力が報われるならともかく、プライベートでは何一つ上手く行かなくて、自分で作ったホットケーキで機嫌をとるようなちっぽけな人間なのだ。それのどこが幸せなのだろう。
今夜は一段と冷え込んでいる。もしかしたらこの地域でも雪がちらつくことがあるかもしれない。
ほんのりとした期待と不安がせめぎ合うのを無視して、寒さを乗り切ろうと布団に潜り込む。頬や鼻先は冷えているのに、珍しく温かい手足の指先にちょっとだけ幸せを感じる。
何でもない日常の、特別な夜。すごくすごく小さなことすぎて、すぐに忘れられてしまうような取るに足らないこと。それでも私は嬉しいのだ。ゆっくりと眠れるこの夜を、ゆっくりと時間が流れることを期待して目を閉じる瞬間を、誰にも強制されない私だけの小さな幸せを過ごせる。
それが私の、【題:特別な夜】
1/21/2026, 2:12:40 PM