約束
独り言を発している。言葉よりも呻きに近い。
死体が喋っているように感じる
あの日の誓い通り、迎えに来てみたけれど
待ち人は死んでいたのだ。
ひとりで出来ることはやっておくよと
頼もしいあなたは如何なる時でも
自分の足で立とうとした
その意思を信じていた
それが正しいと両者は疑わなかった
思ったより、ガタが来ていた
直せたと思った場所は老朽化して
体裁を保ったまま朽ちていた
人型の何かに話しかけた
「お待たせ」
傷ひとつない死体はまるで昔と同じ姿で
生きているように返事をした
「ーーー必要なんてなかった」
聞き取れなかった
いや、聞き取ってはいけなかった
きっと分かってしまえば、私も巻き添えだ
同じように死体になるだろう
死体はまっすぐに見つめてくる
生きているような声で訴える
「もう色を付けるために生きないで」
「最初から透明だったって気づいた」
「私は生まれてなどいない」
「最初から死んでいるんだ」
死体らしい言葉を拾う
誕生の否定が受け取れない
この透明人間は生まれたことを知らない
死んだと思い込んでいる
あの時すでに死んでいたと確信している
奇跡的に生き残ったことをまだ知らない
終戦を知らされない兵士のよう。
生きているはずの私は半生を疑った。
生きてきたと思っていた半生は
全部幻覚のようなもので
思い返せば、体があることさえ不可解。
見て聞いて触れて感じて、集めてきたもの
心を満たしたはずの
インターネット上の無数のコンテンツ
指先一つで繋がったバーチャルな人々
ジャンクな繋がりはいっときの堕落時間に
粗悪な味付けをした
馴染みのプラットフォームで傷を舐め合う
救われないもの同士のつるみも幻
全部無いのと同じ
続くもの、壊れないもの、変わらないものなど何もない
だから私は変わりゆく全てをそのまま流してきたのだ
いよいよ逃げ道は無くなった
死体は起き上がった。
大して印象を持たれない姿をしている。
私と同じ顔をしている
死体は語りかける
相変わらず闘争心のない声で。
「生まれる必要なんかなかったんだよ」
「だから、生まれてこなければ良かったとは思わない」
「ただ、あの時確かに死んでいたから」
「その後の生に意味はないということ、それだけのこと」
薄々感じていた
自分は透明で、周りの人たちには見えていないと
無意識に思っていた
しかしどうやら見えてはいるようで
無数の問題が生じた。
死んでいるはずなのに
生きていることが条件の人間社会へ入っていったから。
健気なものだ、死体も私も。
2人は世界に
生きていることを知らせたかったのだ。
死体は透明から色がついて
1人の人間になれるまで根気強く待っていた
生きていることを示すために
耐え難い絶望の中で決して自身を消さないように。
私は叶えるために奔走した。
悪足掻きを昇華し、誰かの苦しみを掬い取り、頭に知識を詰め込んだ。
世間のタブーにも手を染めた。
社会が王道とする全てを捨ててきた。
「次こそ生き返らせる」
「あなたひとりではできないことだよ」
「次こそ、必ず誰かとやってね」
死体は変わらず生き返らない
私は心強い人を探し当てた。
這ってでも会いにいくから。
それ以上、あなたの足が消えないように。
3/4/2025, 4:31:46 PM