真岡 入雲

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【お題:秋恋 20240921】

「女心と秋の空ってやつなのかぁ」

『いや、ただ単に先輩がうざくなっただけなんじゃないかな?』

なんて事は、口が裂けても言えない。
そんな悲しいサラリーマンな俺は、三連休の初日の夜、会社の先輩に呼び出された居酒屋でだし巻き玉子をつついている。
うん、この大根おろしがあるのと無いのでは味が全然違うよな。

「おい、宝条、聞いてるのか?」
「聞いてますよ、横溝先輩。俺は彼女さんと会ったことがないので分かりませんが、先輩にはもっとお似合いの人がいますよ」
「そうか、本当にそう思うか?」
「はい。だって先輩はできる男じゃないですか。先輩くらい仕事が出来る男の人を放っておく女性なんていませんって!」
「いやぁ、まぁ、そうだよな」
「はい、ですから今日はもっと飲みましょう!」

そして早く潰れてほしい。

「あ、すみません。この日本酒とこの焼酎、それと軟骨の唐揚げにホッケをお願いします。あ、ホッケに大根おろしは付いてます?無ければつけてもらうことは⋯あ、はい、お願いします。あとおでん皿も」

えーと、確か付き合い始めたのはゴールデンウィーク前で、今が9月だから5ヶ月位か。
今回も半年持たなかったか。
まぁ、そうだよな、正直俺でも嫌だもんな。
朝起きたらおはよう連絡、昼は何食べたとか、夜は夜で寝る直前まで通話だっけ?
んで週末はお泊まりで休みはデート三昧、時には旅行。
まぁ、デートも旅行も費用は先輩持ちだけどさ、それこそ付き合い始めはいいんだろうけど、そのうちうざくなってくるよな、自分の時間が取れないってのもあるし。
3ヶ月もすればお腹いっぱいになって、この先ずっとこのままなのかって考えたら、そりゃ逃げたくもなるって。
悪い人じゃないんだけど、寧ろ良い人なんだけど、何でか恋愛関係だけは重すぎるんだよな、先輩って。
あー、もしかしたら相手は日本人じゃない方がいいのかもしれないなぁ。

「宝条ぉ、俺の何がダメなんだァ」

う、何て言ったらいいんだ⋯⋯。
あ、そうだ!

「先輩、秋に始まる恋ってのは長続きするらしいですよ。秋恋ってやつです」
「ん?何で秋恋は長続きするんだ?」
「秋って肌寒くなって人肌が恋しくなるじゃないですか。それに、クリスマスにお正月、バレンタインデーにホワイトデーとイベントが盛りだくさんですし。秋は食欲、読書、芸術、スポーツと色々とできます。それに紅葉を見に温泉旅行なんてのも最高です!」
「⋯⋯温泉か、良いな温泉⋯⋯⋯」

そう呟いてスマホを弄り始めた先輩を他所に、俺は運ばれてきたおでんの大根を頬張る。
この味の染みた大根が、最高に美味い。

「なぁ、宝条。お前、おすすめの宿とかある?」
「おすすめ?⋯⋯先輩、俺、彼女いない歴=年齢ですけど?」
「いや、ほら。友達ととか家族旅行でとかあるだろ」
「三連休の初日に先輩から誘われてすぐ居酒屋に来れるくらい友達いない暇人ですし、うち、俺が5歳の時に両親離婚して貧乏だったので、家族旅行とか行ったことないんです。先輩の方が色々な所知ってるんじゃないんですか?」
「俺、兄弟6人の大家族でさ、家族旅行は大抵キャンプだったんだよ。まぁ、キャンプは楽しいから良かったんだけど、ホテルとか旅館とか、家族旅行で使ったことなくて」
「え、でも今までの彼女さんと行った所とか」
「また別れそうで嫌じゃん」
「あ、あー、デスネ」

どこかって言われてもなぁ⋯⋯うーん。
あ、ホッケ美味い。
一人暮らしだと魚とかあんまり焼かないからな、こういう時に食べるに限る。
あー、そうだ、あれならいいんじゃないか?

「先輩、グランピングとかどうです?紅葉見て、温泉入って、星空を見る。最高じゃないですか」
「グランピングか、いいな、ソレ」

ツイツイとまたスマホを弄り出した先輩は、どことなく楽しそうだ。
さっきまでの嘆きは何処へやら、だ。
ただ、何となくだけど先輩の愛の重い理由がわかってきた気がする。

「先輩って長男ですか?」
「あぁ、そうだぞ」
「ご兄弟と年は離れてたりします?」
「うん?なんでわかるんだ?えーとな、すぐ下がお前と同い年の5歳離れた妹、その一つ下に双子の弟、それから双子の3つ下に弟で、一番下が今度12離れた妹だ」
「なるほど。賑やかそうですね」
「まぁな。静かなのは寝ている時くらいで、それ以外はずーっと煩かったな。っと、良いグランピング施設見つけたぞ。来月に予約入れた」
「え、早っ、って、先輩一緒に行く相手は?」
「大丈夫、来週にはいるはずだ」
「⋯⋯ソウデスネ」

くっ、リア充め⋯⋯。
いや、充実しているようでしていないのか、この人。

「あー、横溝先輩」
「うん?」

頼んだ日本酒を飲みながら、先輩はホッケをつついでいる。
俺と同じく幸せそうな顔をしているところを見ると、先輩も焼き魚はしない方の人間なのだろう。

「犬、飼ってみたらいいんじゃないですか?」
「犬?」
「先輩のところのマンション、ペットOKでしたよね?」
「まぁ、そうだけど」
「夫婦仲をとり持つのが子供だって言うなら、恋人同士の仲をとり持つのはペットじゃないかと思いまして」
「⋯⋯なるほど」

先輩の愛の重さは寂しさから来てるんだと思ったんだ。
だから愛を向ける先を分散すればいいんじゃないかっていう、発想だったんだが、まさかあんなことになるとは、想像もしなかった。
とりあえずその日は、俺もだいぶ飲んで先輩の家に泊まることになった。
でっかいキングサイズのベッドに男二人で寝るとか、どんな罰ゲームだ!とか思ったけど、寝心地があまりにも良すぎてあっという間に夢の世界に引きずり込まれてしまった。
翌朝がっちり先輩にホールドされた状態で目覚めた時は、地獄かと思ったけれど。

尚、先輩は俺の助言通り犬を飼い始めた。
1匹から始まり2年経った頃には3匹に増えていて、ついには犬の為にと広い庭付きの一戸建てを購入してしまった。
因みにその間、彼女はできておらず、同じく彼女のいない俺が時折呼び出され犬たちと一緒に旅行に行く羽目になっていた。
うん、先輩の愛が重いのは寂しいからじゃなかった、元から愛が重いだけだった。
俺は最近、近所の神社でのお祈りが朝の日課になっている。

「早く彼女ができますように⋯⋯」

俺でも先輩でもどちらでもいいから。
じゃないと社内の女子の間に流れている、俺と先輩のただならぬ関係の噂が広がる一方だ。

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(´-ι_-`) 秋恋なんて初めて知ったよ⋯⋯。

9/22/2024, 5:54:20 AM