ちどり

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動くと汗ばむ季節。
今日は姉の家に来ていた。

「じゃあ悪いけど、よろしくね」

冷蔵庫の中の物は好きにしていいから、という声に頷くと姉は買い物に出かけていった。

パチリ……パチ……パチ

ゴロゴロゴロ……コン

半分開いた襖の向こうから、弾くような音や何かが転がる音が聞こえる。

この襖の向こうにいるのは姪だ。
頭は襖に隠れているが、お腹から下が見えていた。

頭隠して尻隠さず。
そんな言葉が頭をよぎる。

最後に会ったのはいつだろう。
まだ歩き始めた頃位かもしれない。

あの時は言葉も喋れず、私をひと目見てぱちぱちと瞬きをしたあと、みるみるうちに顔を歪ませていた。

覚えていないだろうなぁ……。

また出会い頭に泣かれたらどうしよう。
小さい子のお守りはあまり得意ではない。

とはいえ、お昼ご飯も食べさせないといけない。
姉が用意してくれたご飯を温めるだけだが、食べてくれるだろうか。

今から3時間後の心配が胃を締め付ける。

とりあえず、襖の向こうに行かないことには始まらない。

脅かさないようにゆっくり近づき、できるだけしゃがんで身体を小さくする。

パチ……パチ……パチリ……

襖の影から覗くと、寂しげな横顔が見えた。視線は床に散らばったおはじきとビー玉に注がれている。

惰性でおはじきを当て、ビー玉は続いたあとは床に転がすに任せて手近な壁にぶつけている。

「こんにちは」

まずは挨拶から声をかけてみる。
姪は手遊びを止めて振り返った。

「……こんにちは」
「えっと……私は叔母さん。覚えてないかもしれないけど、前にもあったことあるんだよ」

耳は傾けているが、興味なさげに手元に目線を落としてしまった。

「お母さんはお買い物に出かけたから、帰って来るまで一緒に遊ばない?」
「…………」

完全に黙ってしまった。
ダメだ……コミュニケーションが途絶えると途端に居心地が悪くなる。

「何で遊んでたの?」
「……ビー玉とおはじき」

流石に、見りゃわかるでしょとは言われないが、億劫そうに彼女は答えてくれた。

「へぇ、懐かしいな。叔母さんも昔お姉ちゃんと…めいちゃんのお母さんと遊んでたよ」
「そうなの……?」

食いついた。
まるで魚が食いついた釣り竿をもつように体起こす。

「ほんとほんと! ちょっとまっててね!」

持ち込んだ鞄の中からビー玉とおはじきを入れた小さなタッパーを持ってくる。

おもちゃ入れとして昔使っていたのを実家から持ってきたのだ。

「ほらこれ、私の宝物」

昔のだけど、とは言わなかった。
今だってくすんで曇ったタッパーを開くと、キラキラと色鮮やかに光っている。

「……綺麗」
「でしょでしょ。私はこの色が特に好きかな。めいちゃんは?」
「……これ」

めいちゃんが指差したのは、昔姉が好きだったビー玉だった。

これを取り合いになって大喧嘩になり、母にこっぴどく怒られた。しかも仲直りの印に、と姉に譲ってもらってバツが悪かったからよく覚えている。

「良かったらあげるよ」
「いいの?」

先程の寂しげな表情とは打って変わって瞳が輝いていた。
その表情を見て漸くホッとする。

姪は、今年から小学生になる。
用意されたランドセルに浮足立つ時期なのに、こんなに大人しいのは性格や見知らぬ大人が来たからではないだろう。

半年前、姉に姪の父親である旦那のこと、姪のことを相談されたときは戸惑ったのが正直なところだ。

姉から実家の支援を求められ、まだ学生である私には大したことはできないだろうと高を括っていたが、先程の輝いた表情を見て決心がついた。

つい先日、父親を失ったばかりのこの娘には母親以外に縋るものをあげたい。

それがどんな些細なことでも――例えばこのおはじきのように、少しでも良い記憶が残ってくれればいい。

床に散らばったビー玉とおはじきは、日に当たって万華鏡のように美しかった。

姪は貰ったばかりのビー玉を手のひらで転がしている。気に入ってくれたようだ。

この景色が、彼女にとって良い記憶となりますように。



「おはじきとビー玉」
⊕カラフル

5/2/2024, 1:16:49 AM