静寂に包まれた部屋
カリカリカリカリ。
雪が降る季節、僕は部屋で独り、
小説を書くのがもっぱらの日課であった。
こたつにこもり、うつ伏せになって、
手を何かと動かすさまは
まるでカタツムリのよう。
かつて、妻が、笑いながらそう言っていた。
一昨年妻が亡くなってから、
この部屋は僕の音しか聞こえない。
テレビは嫌いだし、音楽を聞く趣味もないので、
僕の耳は、人間機能の電源をオンにしていても、
大して効果がないときている。
今の僕には、執筆のために動かせる手と、
原稿を見られる目さえあればいい。
カリカリカリカリ。
そういえば、妻が生きていた頃は
掃除機の音がうるさかったなあ。
キレイ好きの彼女は、
週に一回掃除機をかけるのが
おきまりになっていた。
そんな短い間隔で掃除機をかけても、
取るゴミもホコリも無いだろう、と僕が言っても、
こつこつやるのが大切なの、と言い返していたっけ。
敷き布団もたびたびベランダで干していた。
パン、パンと敷き布団を叩く音は、大いに僕の執筆意欲の妨害になったのを覚えている。
彼女がその日自分が見たことを僕に話すときも、
声はとても大きかった。
何度も何度も飽きずに楽しそうに話すものだから、僕もつい、手を止めて付き合ってやったっけ。
僕は、ふうっ、と一息をついた。
小説ってものは、本来書斎にこもって、高価そうな椅子に座って、本に囲まれて書くものだろう。
寝転んで、こたつの中で書くなんて、
腰にも悪いし。
自分にそう問いかけながら、
僕は起き上がり、冷蔵庫に向かい、
麦茶をコップに注いだ。
飲み干したあと、
僕はベランダへと向かい窓を開けた。
空からは、雪が降り始めていた。
雪の音、というものがあるらしい。
雪がしんしんと降り積もると、その場から音が消え、静寂に包まれる。
それを雪の音って言うのよ。
得意げに僕にそう話すあのイタズラな笑顔は、
今もありありと思い出すことができる。
でも、もう彼女の音はない。
僕は、小説家としてようやく食えるようになってからも、いつも居間で小説を書いていた。
騒がしい彼女の音にわずらわされながら、
小説を書くことが、何よりの至福のときだったのだろう。
雪の音が一面を覆い尽くす中、
僕は泣いた。
9/29/2023, 5:30:08 PM