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やわらかな光

「今日の天気は、曇りのち晴れ、太陽があまり見えない1日となりますが、雨の心配はないでしょう。」


テレビの天気予報を聞きながら焦げた食パンに崩れた目玉焼きを乗せてケチャップをかける。
毎朝目玉焼きトーストを食べて学校に行くのが日課となっていた。

ウチの家族は共働き。両親は毎月一ヶ月分の食材費を置いて仕事に集中する。どちらも夜まで帰ってこず、朝方になって帰って来てウチに挨拶もせず、すぐに寝る。
そのため、自分のご飯はもちろん、両親のご飯まで作らなければいけない。

金さえ置けば勝手に育ってくれる。
なんてこの親達は思っているのだろうか。まぁ、実際一人でもきちんと暮らして育っているのは事実やけど。
時間になると制服を来て家を出る。
「行ってきます。」
ウチの挨拶への返事は帰ってこなかった。



曇りのち晴れと天気予報士は言っていたが、ウチは折り畳み傘と、それじゃ雨を防げないかもしれない。途中で折れて壊れるかもしれない。
そつ疑って大きな傘も持っていった。
黒くて大きい変な傘。しかし、大きい分雨を防ぎやすい。


外に出ると雲の隙間からうっすらと朝日が差し込んでいた。
ウチは一度だけ朝日を見つめる。眩しくて目が痛くなる。そんな日の光が、数日前、自分を包みこんだあの白い翼と重なって、目を背けた。

あれからケーコとは話どころか、顔すら合わせてない。
数少ない友人と話さなくなれば悲しくなるかな。なんて思っていたのに、そんなことちっとも感じなかった。
いつも屋上で食べていた昼食も、教室で一人で食べた。
あまり話さなくなって喉が枯れることもなくなった。
でも、悲しさは感じなかったけど、何かが足りなかった。



今日も普通のように授業を受ける。
中学生になるまでの普通に戻ったはずなのに、何処かからっぽな気がしていた。
来週からテストなのに、授業が左耳から入って右耳から抜けていく。
赤点回避したかったのにこれじゃあ補修確定だ。


……いや、そもそもなんで赤点を取りたくないんだっけ。
補修がめんどうだから?多分それも理由なんだろう。両親に叱られるから?いや、あの大人達はウチの事なんか見てすらいない。
……あぁ、そっか。
理由に気づいた瞬間、勉強も何もかもどうでも良くなった気がした。
毎回のテストを赤点回避できたら、ケーコと遊ぶはずだった。
もう話さないんだから、どうだっていい。
もうこのまま授業を聞かずに赤点を取ってやろうか。補修も悪くないかもしれない。
そもそもウチは要領が悪い方で、優秀な自分の仮面を飾らないと行けない人間だった。
これからそんなこともなくなるのは気が楽だ。
ウチのはそんなどうでもいいことばかり考えながらシャープペンを回していた。
カラスのマスコットのチャームがついたキーホルダー。ケーコに貰ったものだ。


結局その日は授業なんて頭に入らなかった。
どうせやる気がないんだからどうでもいいのかもしれないけれど。
心の奥底でそう言い訳をしながら教科書をカバンに詰める。
最近の教科書は重くて本当に疲れる。なんで国語が二個もあるわけ?
教科書だけでこんなに分厚くなるか?
そんな事思っても学校がなんとかしてくれるわけでもない。結局ウチの愚痴は全て無意味なんだ。

だからずっと黙っていたんだろうな。
結局天気予報では雨の心配はないって言ってたくせに帰り道は信じられないほどの大雨が振っていた。
傘を持ってきて良かった。きっとこの様子だと折り畳み傘は無理だろう。
ウチは黒くて大きな傘をさして家に向かって歩き始める。
コンクリートのへこんだ場所に水が溜まって濁った水たまりができている。
歩道橋を渡って、そっと下を見下ろす。
目線の先を見て、頭が真っ白になった。


ケーコが歩道を歩いていた。
考える間もなく、歩道橋を渡り、階段を降りる。
「けー、こ……!」
ウチの声は雨の音と車の音にかき消された。
「ケーコ!」
久々に声を出した気がした。彼女はようやく気づき、後ろを振り返る。
思い切り走ったせいで水たまりの水が跳ね、足元はもちろん、傘もうまく持てずに体中が濡れていた。
彼女は傘もささずに豆鉄砲をくらったような顔でこちらを見ている。
ケーコも体、それと自慢のふわふわな翼もびしゃびしゃで、メガネにも水滴がついていた。
傘をさしていないのは、きっと傘を忘れたからだろう。


傘忘れたん?
今日曇りのち晴れ言うてたのに嘘やん
来週テストやのに風邪ひくで。


その場で言わなければいけないことは頭の中に思いついていた。
そうだったのに、たった一言、放った言葉にまた自分自身で幻滅した。
ケーコはしばらく固まったあと、ボソッと
「…こんにちはでしょ、普通。」
なんて返した。


その瞬間、ザーと聞こえていた雨音が急に鳴り止み、雲がどけていく。
雨がやんだのだろう。今更かよ。もうお互いびしょびしょだっての。

どけられた雲の隙間から日が差し込む。朝にみた日とは違って、少し赤みがかっていて、目に優しくない。
「傘、忘れたん?」
「まぁね。」
まぁねってなんだよ。自慢気に言いやがって。
ウチは若干不服に思いながらもうつむいていた目線をまず、ケーコの足元に当てる。徐々に自分の顔を上げていって、おそるおそる彼女の顔を見た。
髪も服もびしゃびしゃで、メガネは水滴まみれで恐れていた彼女の眼差しなんて見れない。でも、きっとメガネの奥はいつも通りの何気ない顔なんだろう。何気ない顔だったらいいのに。

太陽が移動して日がケーコに当たる。
彼女の翼は黒い髪の色と相反していつも綺麗なのに、今日はやわらかな光が差し込んでさらに美しく感じていた。


でも、この感情は美しさからの感動なんかじゃない。
彼女に向けるウチの感情は、きっと、

これは、駄目だ。言葉にすると戻れなくなりそうだった。
そんな汚い感情なんか知りもせず、ケーコはやわらかな光に当てられながら「帰ろう。」とウチに手を差し伸べた。


天使みたいやな。
なんて、感想はこれまたあっさりしていた。

10/16/2023, 12:34:49 PM