お題:タイムマシーン『リセット・マラソン』
「リセマラって楽しい?」
唐突に、咲が聞いてきた。
思わぬ問いに、私は口ごもる。
人生をやり直せるならどうするか。
そんな夢物語も、実際に叶えてしまえばそれはファッションや文化の一部として生活に溶け込んでいった。
22世紀の初頭、とある天才科学者が人生やり直し装置を開発した。
あらかじめセーブポイントを設定しておけば、装置を起動すると起動者本人の意識だけがその時間に戻ることが出来る。
リセマラは高校生活中で1人1回まで、なんていうルールが設けられるも、そんなものが守られるはずがなかった。
リミッターを外すパッチが流出し、誰もが複数回のリセマラ経験者。
誰が何回リセマラしてるか分かったものじゃない。
私が話した覚えのない過去のことを、友人が当たり前の様に知っていて時々恐ろしくなる。
他人の中に複数の私がいて、私の中にも複数の彼らが存在する。
合わせ鏡の様に広がる無限の並行世界。
隣のクラスのとある男子は、好きな女子と仲良くなる為に数え切れないリセマラを繰り返し、1年ですっかり別人格になってしまったそうだ。
ただ稀に、リセマラを拒否する者もいた。
たとえば咲、私の幼馴染み。親友。
咲は中学入学時、リセマラの装着をきっぱりと拒否したのだ。
リセマラ装着手術の適合年齢は13歳までと言われている。
親や教師は必死で説得した。
手術なんて15分で済むのよ、考え直しなさい。
リセマラするかどうかは着けてからでも選べるじゃない。
とか、なんとか。
咲はみんなの憧れだった。
バスケ部のエースで文武両道。
私は勉強だけでも咲に追いつこうと必死だったが、リセマラを使わない咲の努力は並外れたものだったはずだ。
咲は中学の3年間、リセマラについて語ることは一度も無かった。
興味本位で聞いてくるクラスメートがいても、そうゆうの興味ないから、の一点張りだった。
けれど、そんなわけはなかったのだ。
私達は同じ高校に進学した。
そして高校卒業間近、凍えるような1月の夕暮れ時、並んで帰宅する咲が不意に立ち止まり私に言った。
「つぼみってさ、リセマラしてるんだよね?」
公園の白熱灯が朧に咲を照らす。
「なんかさ、嫌になっちゃうなーって」
アハハ、と咲が乾いた笑い声を出した。
そして軽く鼻水をすすり、沈黙が訪れた。
「リセマラって楽しい?」
唐突に咲が言う。
切れ長の澄んだ目が私を見据える。
うまく声が出せない。
「えっと」
分かんないよ、そんなの。
そう言いかけて口籠る。
そんなことを言えば軽蔑されるに決まっている。
けれど、咲は見透かした様な目で続けた。
「つぼみ、ちゃんと考えてリセマラしてる?」
「一応、それは。うん」
「全部否定はしないよ。でも、リセマラしただけあなたの世界が無かったことになって、私との思い出も無かったことになって。そうゆうの、ちゃんと考えなさい」
ちょっと上から目線な物言い。
仕方ないじゃない。だって、みんなやっていることなのだ。みんなが咲みたいになれるわけじゃない。
私はごく控え目に、上目遣いで睨み返す。
その時私は、咲の瞳が涙で潤んでいることに初めて気付いた。
唇をキュッと噛み締めた後、咲が言う。
「ごめん、嘘。時々後悔するの。なんであの時拒否したんだろうって」
咲は【後悔】という言葉を使った。
何て愛しく、美しい言葉なのだろう。
この世界から失われつつある概念。
いや、もしも私に後悔というものがあるとすれば……。
「でも、つぼみが、もし私と同じになってくれたらさ」
咲の腕が私の首筋に伸びる。
リセマラ装置の設置箇所に指がかかる。
咲の吐息が頬にかかる。
吐息のリズムから、咲が震えていることが分かる。
クラクラする、胸の鼓動が早くなる。
「駄目っ!」
私は咲の腕を振り払っていた。
私はもう、戻れないのだ。
13歳より前の自分に、後悔に満ちた美しき荒野に。
先日見たVR通信でニュースキャスターは、人間の精神寿命が千年を超えたことを報道していた。
気が遠くなりそうな時間だ。私はその長い旅路を、何度もリセットしながら走り続けるのだろうか。
その日、私は帰宅して制服を脱いだ後、リセマラのセーブポイントを更新した。
今日という日を、忘れぬ為に。
咲と過ごしたあの瞬間を、永遠に確定する為に。
1/23/2024, 6:13:34 AM