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【世界の終わりに君と】

「マルサンゴーサン、被検体C-013の生命活動停止を確認しました」
 機械音声の報告に、私たちがいる業務室はいっときざわついた。
「活動が鈍っていたから、そろそろだとは思っていたけど。永遠なんて、ないものね」
 私はデータ整理業務を一時中断し、被検体C-013の収容ポッドに向かった。ほかの研究員たちもあとからぞろぞろついてくる。
 被検体収容エリアには、研究所内にいるすべての者たちが集まっていた。みんなC-013のことを気にかけていたのだろう。
 活動停止したC-013の体は、すでに機械の手によって回収されていた。生体安定剤が満たされた円筒ポッドの中には、接続先を失ったコードの端子だけがゆらゆらと漂っている。
「滅亡の瞬間はちゃんと記録できてる?」
 ポッドの近くにいたC-013の担当者に確認する。
「はい、所長。C-013界は終末期も混乱なく、そのまますべての運動が停止しました」
 担当者の操作で、ポッド表面のディスプレイに、被検体C-013とその世界に関する記録が表示される。
 おおっ、と歓声があがった。
「素晴らしい状態だわ。時間が停止しているだけなんて。このレコードをもとにほかの被検体を起動させれば、世界を引き継ぐことができるかも」
「しかし、被検体はもう、供給がありません」
「そうだったわね。じゃあ、この世界は、ここでおしまい」
 研究員たちのあいだから、落胆の声があがる。私も残念でならない。だが、ない袖は振れないのだ。
 私たちは量子脳の研究をしている。人間の脳内の量子的な振る舞いを利用して、情報をコントロールしたうえで新たな世界を造る、そういう研究だ。
 ポッドに収容された人間の被検体は、常時夢を見ているような状態になる。新しい宇宙の夢だ。その宇宙では、私たちがいる宇宙の何倍もの早さで時間が流れていく。一炊の夢、という言葉が生まれたように、夢を見ているときの脳の処理は高速なのだ。被検体内に生まれた新しい宇宙は、約百億年の時を刻み、地球と同じような惑星を形成する。惑星では、四十億年以上の時間をかけて、アメーバから人類への進化がシミュレーションされる。
 被検体はいわば神、創造神なのだ。私たちの仕事は、神の造りし世界を観測および記録すること。そして、世界の安定化と人類の繁殖が認められたときには、私たちを意識のみの存在へと解体し、新たな世界へ、高次元存在として移住させる――それが研究の最終目標だ。
 しかし、研究が必要なだけあって、私たちの移住計画はそう簡単にはいかなかった。世界をどのように永続させるかが、この研究の最後にして、最大の難関なのだ。
 被検体の死によって、終わりは必ず来てしまう。世界は人間の脳がなければ創造できないが、人間の脳は死を免れない。一度生まれた世界を人間の脳から取り出して別空間に展開し、独立させることができればいいのだが、そうすると世界はたちまち混乱し、隕石だの核戦争だの大災害だのの理由が発生して、滅亡してしまう。どうしても、〈人間の脳〉という神の庇護が必要なのだ。
 私たちは研究を重ね、被検体を通常の寿命よりも延命させることに成功した。しかし、もっとも長生きだったC-013も、三百十五年二十日八時間九分三十一秒で停止してしまった。やはり、終わりは必ず来るものなのだ。
 被検体C-013の世界は安定していた。人類は繁栄し、長い歴史の果てに、私たちと同じような研究をする段階まできていた。終わりかたも、被検体の死を前にした混乱による滅亡ではなく、もっとも理想的とされる時間停止。この世界をほかの被検体に引き継がせることができれば、あと百億年以上、世界の寿命が伸びるだろう。私たちが移住し、新たな永遠を研究するのに相応しい世界になっただろう。
 だが、次の被検体になれる人間はもういない。
「私たちがアンドロイドでなければ、君の世界を継ぐこともできたのでしょうけど」
 私は無線で最上位記録媒体に接続し、被検体C-013が残した記録を自分の中に取り込んだ。私にできることは、そこまでだ。
「さようなら、最後の人間。人間の意識を継いだ私たちの役目も、これでおしまいね」
 終わりを知った研究員たちは次々と機能停止していく。全員の停止を見届けてから、私も自分の意識を落とした。


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今週は休むと言っていましたが、面白そうなお題だったのでつい書いてしまいました。世界を滅ぼすのは大好きです。普段はあまり滅亡ネタに偏らないよう気をつけているのですが、今回はお題という大義名分を得て、どうどうと世界を滅ぼすことができました。満足です。

6/8/2023, 4:11:43 AM