「来たぞー!降ってきたぁ!」
男衆が声を上げる。
「バケツだ!バケツ持ってこい!なんでもいい、カンカンでも巾着でも大丈夫だ!」
村のみんなは急いで外に出て、空から降るものをそれぞれの家から持ち出したバケツや箱や袋で受け止めようとした。
みんなが待ち望んだ、恵みの雨、柔らかい雨だ——
この村に“柔らかい雨”が降るようになったのは数ヶ月前のことだった。初めのうちは誰も気づかなかった。柔らかい雨は地面に落ちれば普通の雨と変わらず土に浸透していく。
ある日その雨が長く降り続いたとき、農作業で使っていたトラックの荷台に雨が溜まっていることに弥助が気づいた。そんなに強い雨ではないように思ったが、荷台には薄らと膜のように水が張っている。水が凍るほど寒い日ではない。弥助がその膜に触れてみると、柔らかかった。
それから村の方々で報告が上がってきた。外に置いていたバケツに溜まった雨が柔らかい、ビニールシートの上に柔らかい水が溜まって崩れそうだ。
そこで寄り合いを開いてみんなが採集した雨を集めることになった。
触ってみると確かに柔らかい。ゼリーのような感触で、しかし掬おうとすれば水のように流れていく。口に含んでみる命知らずもいたが、害はなさそうだ。舌に触れたときに一瞬だけ質感があるものの喉につく頃には液体になっていて無味無臭、水のようだった。
田畑にも被害は出ていない。もともと土には浸透するから地面から溢れることはないし、成分が水なら問題はない。
村の者たちは不思議なオモチャと思って採集したり、興味本位で研究したりとあまり深く考えずに新しい物質と接し始めた。
しかしひと月と経たないうちに、悲劇は起こった。
「痛っ、なんだ?石ころか?誰だオレの頭に石ころ投げたんは!」
農作業をしていた文六が憤慨する。
「石ころ?んなもん投げねーよ。痛っ!ん?」
反論した太兵衛も頭に痛みを感じて空を見上げる。
「雨…か?」
その日降った雨は砂利程度の大きさの粒でも人に痛みを与えるほどの強さがあった。
“硬い雨”が降ってきた。
夜に向けて激しさを増した雨は村の家屋を貫き、茅葺きの屋根は跡形も残らなかった。瓦屋根は貫かれることはなかったが、瓦が割れる被害は続出した。負傷者も多数。トラックや農機具にも被害が出た。
被害の状況から硬い雨の特徴も見えてきた。柔らかい雨と同じく地面に落ちれば浸透する。農作物にも害はない。しかしとても重量があり、物に落ちれば貫通するほどの威力がある。そしてもう一つ。
「あの日、痛い雨から逃げようとして、とっさに川に入ったんです。そしたら雨に打たれてる感覚がなくなって…」
調査チームが村の近くの池や川を調べてみると、魚たちが死んでいる様子はなかった。
詳しく調べると、水に落ちてもすぐに勢いと硬度を失い、普通の水と同化するようだった。
そして村の調査団はこう結論づけた。“柔らかい雨”が“硬い雨”の盾になる。
その日から村のみんなにとって、次に降る雨が“柔らかい雨”か“硬い雨”かは死活問題となった。みんな祈りながら次の雨を待った。そして柔らかい雨が降ると一斉に外に出て、バケツやお盆、お椀、グラス、ボウル、巾着、エコバッグ、ナップザック…雨を受け止められるありとあらゆるものを総動員して柔らかい雨を収穫するのだった。
集めた柔らかい雨で大切なものをコーティングするのが次の仕事となる。雨でハケを濡らして、家の屋根から農機具、ビニールシートなどに塗っていく。日除けのための笠もコーティングすれば硬い雨から身を守る鋼鉄の兜に様変わりだ。
柔らかい雨を帯びた村の家々は、朝日を浴びると虹色の輝きを放ち、幻想的な光景を生み出した。
『虹色の村』
旅の写真家がこのタイトルを付けてSNSで発表した一枚の画像が、全世界を駆け抜けた。写真家はさらにこうコメントを付けている。「生きるために懸命に努力する人のエネルギーは奇跡の光景を生み出す。私はその人々のエネルギーを写真に収めたに過ぎません」。
その後、この村には命懸けで訪れる観光客が世界中から山のように訪れ、みなが柔らかい雨でコーティングした防護服(笠と蓑)を買い求めた。
村のみんなは、今日も恵みの雨を待ち望んでいる。
11/7/2024, 12:31:56 AM