うしろから、トンと手が置かれたので振り返ると、見慣れたニヤニヤ顔があった。
肩の手を上げると、ヒラ、揺らす。
「よ」
そいつは手を下ろし、ズボンのポケットへ落っことした。
もう片方の腕をおもむろに上げる。
上がってきた手には缶ソーダ。
そいつはク、と頭を傾ける。
「そこ、座ろうぜ」
缶を握っていた、人差し指をチョイっと出して、ぼくの背を指した。
「ぷはーッ……っあ〜、サイコーだな」
そいつが振り下ろした缶ソーダが、トプっと鳴る。
ぼくはそれを、隣で眺めていた。
「それ、ぼくのじゃないの」
「ほしいのか?だったら自分で買えよ、
小遣いあるだろ」
そういうことではない。
あれだけおもむろに、缶ソーダを見せつけられたら、おごりかと思う。
だが、今こいつの背からそれ以上の缶が出現することは、なかった。
「そういえば君は、そんなヤツだったね……」
「へへへ、おまえ、オレと会う度、毎回同じこと言ってるぜ」
ぼくの顔を下から覗き込み、ぼくもそいつの、バカにしたような笑顔を見下ろす。
顔をそらすと、笑われた。
「ハー、おまえといると楽しいよ。
からかい甲斐があ、る!」
「うっ」
ボスボスと、背後から頭を撫でられる。
あんまり激しく、というか、撫でられること自体不服なので、その手をひっぺがそうと、両手を上げた。
「あ゛〜〜!」
頭の上で逃げ回り、撫で回してくる片手。
両手を使って掴もうとしているだけだ!それなのに、なぜかいつのまにか身体中が動き、バタバタと足を打ち鳴らしていた。
身体をバタバタする拍子に、振り向いてしまった。
目の前に心底楽しそうな笑顔でいるそいつがいた。
心底、悔しい。
「……もう」
「ん?どした」
ぼくが抵抗をやめると、そいつは笑顔を止め、撫でる手も撤退させた。
……まるでデタラメだ。
「君は、ぼくが嫌がることをしたいの? 」
「……言ったろ?おまえはからかい甲斐があるって」
そいつは身体も引くと、缶ソーダをまたグイッと飲む。
「……」
は〜、という息を聞く。
……顔を向けると、そいつもぼくへ顔を向けた。
「え」
笑顔が固まり、次には面食らう。
してやったりだ。
ぼくは、そいつの空いた手を掴みあげ、自分から頭を撫でさせていた。
「……へへ」
小さく笑ったのを合図に、そいつは頬をプクッと膨らませ、かと思えば吹き出す。
ダハハと、豪快に笑い、揺れながら途切れ途切れに「なに、したり顔で、」と話した。
ぼくは途端に、こんな程度を復讐と言っている自分が恥ずかしくなり始める。
だが、今さら撫でさせる手を止めることもできず、ただ、目の前のヤツが爆笑しているのを黙視していた。
「ひーッ、笑い死ぬとこだぜ……」
ヒドイもんだ。
自分には、からかいの才能が無いらしい。
いや、こいつにからかいの才能が集約しているだけなのか。
からかってやったはずが、からかわれたように恥ずかしい。
「よしよし、お望み通り撫でてやろう」
そいつはまだ半笑いで、ソーダを飲み干すと、座るベンチへ置いた。
そうして、ぼくの方へ飛びつくように、勢いよく撫でかかる。
右左と激しく往復する頭、ヤツの手。
もうぼくはなにも言うことも、することもなく、ほとんど脱力していた。
ふと、そいつはぼくから手のひらを離し、ニコ、とぼくへ笑いかける。
「明日も晴れるといいな」
なぜか。
「おまえがここにいるから」
8/1/2024, 3:48:36 PM