→短編・平屋暮らしの二人?
「ちょいとそこの新聞を取っておくれよ」
テーブルの上、彼の手の届くあたりに新聞が投げ出される。
「近頃はメガネがねぇとなぁんにも見えやしねぇ」と愚痴ると、頭の上から老眼鏡が降ってくる。
こじんまりとした居間に丸テーブルとテレビ、茶箪笥が一つ。部屋の窓や間仕切りの襖障子は開け放たれ、爽やかな少し冷たい空気が方々を抜けてゆく。
経済、地方欄……、新聞をめくっていた彼の手がスポーツ欄で止まった。
「カーッ!」と不満の叫び声と共に、彼はピシャリと片手で額を打った。「不甲斐ねぇなぁ! 見てみろよ、この点差!」
トントンと指で示す記事は、野球の試合結果だ。彼の応援するチームはこのところ連敗している。彼は不機嫌にテーブルから新聞を持ち上げた。
「今シーズンは絶望的だな、こりゃ」
テーブルに熱い湯呑みが置かれる。チラリと横目にそれを見て、彼は相好を崩した。
「ありがとよ、いつもすまねぇなぁ」
彼がこの平屋に移り住んで2年ほどが経つ。築60年を超す木造の平屋は所々にガタがきており、隙間から風やら虫やらがやってくる。
住み始めた当初は何とかしようと苦闘したものだが、防げないと悟るや否や、来るものは拒まずの境地に達して今に至る。
そして、有形でも無形でも受け入れてしまえば、後は気軽なもので、そこそこ仲良くやっていける。風や虫、或いは……。
新聞を読み終えた彼は居間をくるりと見回した。風の気配が消えている。いつの間にやら窓が閉まっていた。窓に小雨が雨だれを作り始めている。
テーブルの上の照明が何度か瞬いて居間を照らす。
彼はそれをぼんやりと目で追った。
「アンタの声、聞いてみてぇなぁ」
一人暮らしの平屋の居間で、彼はポツリと呟いた。
テーマ; 形の無いもの
9/25/2024, 3:16:48 AM