わたあめ。

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学生時代は勉学ばかりにかまけていたせいか、友達と青春と謳歌した記憶が無い。

文化祭や体育祭など、皆が喜びそうなイベント事の時は大人しく、背景と同化するかのように細々と過ごしてきた。正直、興味がなかったのだ。

「他人と何かを成し遂げる」ということ自体、下らないと思っていた。先生からしたら、ある意味生意気な生徒だったと思う。


それぐらい、人が嫌いだった。



そんな俺だが、一度だけ告白された事がある。


高校二年生の夏。
蝉が沢山鳴いていて、ものすごく暑い日だった。
天気も良くて、入道雲がよく見えた。

その日は夏休み期間だったけれど、夏期講習があって。
一学期の定期試験で赤点を取った者以外は、任意参加な訳だが、俺は迷いなく参加した。

こんな猛暑の中、わざわざ学校に来てまで勉強をする者は少なく、教室の三分の一も埋まっていなかった。

学校から家も近かったため、面倒にも感じなかった。
ただ、夏休み期間は空調設備の電源がつかない為、教室の扇風機で暑さを凌ぐしか無く、それだけは納得がいかなかった。


講習が終わり、帰りの準備をする。

勉強以外やる事も無いので、帰らずに図書館にでも寄ろうかと考えていたその時、

人影がこちらに向かってくるのが見えた。


『ねぇ。すこし、時間ある?』


焦げ茶のセミロング。
学校指定のセーラー服。リボンを少し緩めに結び、スカートは膝丈程度。

顔立ちは整っていて、化粧をしていなくても十分なくらいの美形。
そんな彼女が、俺に一体何の用なのか。


『手短にしていただけるなら。』

『あ、えっと……その……。』


気温で暑いせいか、彼女の頬がほんのり赤い。
視線は俺を見たり、あさっての方向を向いたり。
手のひらを合わせたり組んだりと、落ち着かない様子。

手短に、と言ったはずなのに彼女がなかなか話を始めないので、教室には俺と彼女の二人だけになっていた。


『……まとまっていないのなら、後日にして貰えないか?』

『え、あ、』


彼女の返事を待たず、鞄を持って出口へ向かう。
教室の扉に手をかけた瞬間、背中に何かがぶつかった。


とすっ。


振り返ると、彼女が俺の背中に手を置いている。
人にここまで近寄られる事の経験がない俺は、戸惑いを隠せなかった。


『何の真n』

『好きです。』


彼女は俯いたまま、言葉を放った。
背中に置いてるだけだったはずの彼女の手は、緊張からか俺の服を握っている。


『ずっと、好きだったんです。付き合って、貰えないでしょうか。』


彼女がゆっくりと言葉を紡ぐ。
きっと考えたのだろう。
いつ言おうか、どう言おうか、言ったらどんな反応をされるのか。
俺の事をどれだけ考えたのだろうか。

今まで感じたことの無い、小さな温かさを感じた。


しかし、俺は彼女を全く知らない。
同じクラスだったかどうかも分からない。
話したことがあったかどうかも、思い出せなかったのだ。
そんな知らない相手と付き合えるほど、軽い性格ではなかった。


『すみません。あなたのこと、知らないので。』


ぺこりと頭を下げて、彼女の顔を見ずに教室を後にした。



とぼとぼと、歩いていた。
先程話していた彼女の顔が、頭から離れない。

そもそも、彼女は俺のどこが良かったのだろうか。
勉強にしか興味が無い俺のどこが。

悶々とどうでもいい事ばかりを考えてしまう。

普段なら図書館まで徒歩でそう時間はかからないはずなのに、倍以上の時間をかけても着いていなかった。
それだけ目の前のことに集中出来ていない。


これだから、人は嫌いなのだ。


関わると、こうして時間を取られる。
相手にどう思われてるか、行動言動一つで一喜一憂する。だから関わらないようにしたのに。


彼女は一体どんな顔をしていたのだろうか。

どんな気持ちで、教室に残されたのだろう。

何を考えながら、校門を出るのだろう。


『……っ。あぁ、もう。』


俺は気づいたら踵を返し、再び学校に戻っていた。


まだ、彼女はいるだろうか。
泣かせてしまったかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。


教室の前に着くと、声がする。
女子数人の声。

教室に入ろうとしていた手が止まる。


『あーあ……』

彼女の声だ。
もしかしたら、友達と話しているのかもしれない。

出直した方が良いだろうか、
そうやって後ろへ半歩下がった時だった。



『なんだよあいつ。せっかく私が告白したのにさ。』



確かに彼女の声だった。
数十分前、好きだと言ってくれた彼女と同じ声だった。


『ガリ勉のくせにさ、一丁前に断ってんじゃねぇよ。』
『はーい、賭けはウチらの勝ち。』
『駅前のクレープ奢りね〜』


どこにでもいるような女子の会話。
それなのに、なんだか酷く突き刺さる。
というか、扉一枚隔てた先で話しているのは彼女なのだろうか。彼女と同じ声をした別人であって欲しかった。


『てかさ、告白OK貰ってたらどうしてたの?』
『え?そりゃあ、適当に遊んでポイでしょ。』
『うーわ、ひっでぇ。』


ギャハハと笑い声がする。
うるさい。普段ならただうるさいだけだが、今はとても不快に聞こえてくる。

パタパタ。

『っ!』

足音がしたので、急いで隣の教室に入る。

彼女らの視界に入らないよう、急いで身を隠す。

行動が早かったのが功を奏したのか、そんな俺に気づくことなく彼女たちは笑いながら昇降口に繋がる階段へと歩いていった。

その時にはもう俺の話題はなかったかのように、楽しく談笑していた。



整理すると、彼女が告白してきたのは友人との賭けのため。

俺に対しては一切の気持ちなどなく、ただ遊びで、おふざけのつもりで、告白してきたのだ。


腑に落ちた気がした。
そもそも、全く接点のない彼女が俺を好きになる事などおかしな話なのだ。

ほぼ一人で、誰とも絡まない俺は格好の的だっただろう。

分かってたことだ。
人なんてそんなもんだって。
それなのに。


この胸の痛みはなんだろう。

目の奥がツンとするのはなんでだろう。


彼女の事なんてどうでもよかったくせに。
なんとも思ってなかったくせに。

何故、ここまで苦しいのか。


しばらくの間、その場から動けなかった。





___それ以来、俺は人を愛せていない。


#失恋







6/3/2023, 3:13:36 PM