かたいなか

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「『勝手に』落下『する』、『意図的に』落下『させる』、『誰かによって』落下『させられる』。
あとは何だ、『自由』落下?落下『防止対策』?」
サーバーが「落ちる」とかは、落下ってより陥落が近いよな。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、ネット検索結果を辿っている。
「テーブルからパンが落ちる時、ほぼ確実にジャムを塗った面を下にして落下する、てのもあった」
落下って、結構いろんなハナシに持っていきやすいな。実際に書けるかは別として。
物書きはカキリ首を傾け、鳴らし、ため息を吐く。

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夢オチネタが書きやすい気がする物書きです。
だって適当に夢を見ておいて、キリの良いところで現実サイドの自分の足を引っ張れば、簡単に「『落下』する心地」で起きることができるのです。
あの一気に落下する感覚、ネットによると「ジャーキング」と言うらしいですが、別の記事では「ミオクローヌス」なんて単語が出てきます。
どっちでしょうね。素人の不勉強なので、分かりません。 と、いう雑学は置いといて。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
そのうち末っ子の子狐は、偉大な化け狐、善き御狐となるべく、人界で絶賛修行中。
まだまだお得意様はひとりだけですが、ぺたぺたコンコン、お餅をついてアレコレ入れて、狐のおまじないをひと振り、ふた振り。
週に1〜2回の頻度で売り歩きます。
子狐のお餅は不思議なお餅。ウカノミタマの大神様のご利益ある、心の病や魂の傷を癒やし、ちょっと運を良くしてくれます。
高コスパで、バチクソありがたいお餅なのです。

今日もコンコン子狐は、お守りさげて人間に化けて、白いホタルブクロの明かりと、お餅を入れた葛のカゴを手に、たったひとりのお得意様の、アパートのインターホンを鳴らしました。
今回のお餅は特別なお餅。1年に1回だけの「落とし餅」。昔々から続く、ひとつの農耕儀礼でした。

「おとくいさんも、今年のおとしもち、どうぞ」
キラキラ硬貨が好きな子狐のため、コインケースを持ってきたお得意様。真面目な雪国出身者でして、名前を藤森といいます。
その藤森を、うんと見上げて、コンコン子狐、いつもより少し小さめなお餅を差し出しました。
「『落とし餅』?」
「そろそろ、ぜんこく、つっつウラウラ、田植えが揃うの。早いとこは3月で、遅いとこは今頃なの」
「そうだな」
「田植えが終わったら、さのぼりなの。泥落としで、虫追いなの。稲を食べちゃう悪い虫さん、心を弱らせる悪い虫さん、落とすの」
「そう……だな、多分?」
「だからおとくいさんも、おとしもちで、今年の悪い虫さん落とし。どうぞ」
「そうか」

「心のばるさーん、魂のごきーじぇっと」
「それはちょっと違うと思う」
「とんでとんで、まわっておち〜るぅ」
「聞いてくれ子狐。多分、違う」

それは、田植えの終わりを祝い、五穀豊穣と悪疫退散を祈る、1年に1度だけのお餅でした。
かつてほぼ全国で祝われた、時期も形式も餅の有無さえ違えど、労働のねぎらいと豊作を願う根っこはきっと一緒であった、しかし昨今各地で失われつつある、日本の昔々でした。
藤森の雪降る故郷でも「さなぶり」として僅かに残る、稲田と生き四季を辿る風習の欠片でした。

「虫落としの餅か」
懐かしさと共に、餅をひと噛み、ふた噛み。落とし餅は藤森の心魂の中の、悪い虫にもっちゃり引っ付いて、それらを善良に落としていきます。
「お布施は、いくらが良いだろう?」
私のところでは、餅や御札を貰ったり、舞を舞ってもらったりする礼に、たしかお布施を渡していたから。
藤森は付け足して、説明しました。

コンコン子狐、まんまるおめめをキラキラさせて、小さなおててをうんと上げて、答えます。
「いっせんまんえんです」
パッタリ。藤森のコインケースが、落下しました。

「冗談だろう?」
「キツネうそいわない。いっせんまんえんです」
「よし分かった質問を変えよう。私が食ったこの餅と、虫落としの御札の値段は?」
「おとくいさん価格、おもちおんりー500円、ウカサマのおふだ3枚付き2000円。ぜーこみ」
「……御札付きを、ひとつ」
「おキツネみくじ5000円おつけしますか」
「そんなコンビニの箸やスプーンを付けるノリで言わないでくれ。いらない……」

6/19/2024, 3:01:23 AM