「雨が降ってるな」
兄が、ぽつりと言った。
おれたちは、雨が少ないところの生まれだ。大人になった今ならともかく、子どもの頃は雨が珍しかった。たまに降ると、窓に張り付いて、二人して外をじっと眺めていたこともある。
「昔、雨が降ってきたとき⸺」
兄が言う。
「石の壁に水が吸い込まれていくのが面白くて、ずっと見てたことがあったな」
⸺一緒に、と言下に言われた気がして、おれは気を良くした。
「滅多に使わない雨具を慌てて持ち出すおばさんたちがいたっけ」
おれが続ける。
「そうだな。洗濯物を慌てて取り込んでいた」
兄が目元を緩めて言う。
「あんまり慌てて、男どもの下着を取り落としていた」
「兄貴、よく覚えているな」
おれは感心して、今や目線が下になった兄を見やる。
そしてふと、疑問が浮かぶ。
「壁に水が染み込むのを見てたんじゃないのか?」
そう言うと、兄は笑みを濃くして言う。
「最初はそうだったが、お前が楽しそうに女中を見ていたから、おれも見ていた」
はは、とおれは声を上げて笑った。
笑い声はすぐに、二つ重なる。
おれたちは、きっと、ずっと、このままだ。
『雨音に包まれて』
6/11/2025, 11:01:58 AM