シュグウツキミツ

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無音の中の薄明かり

しん……と雪の中。踏みしめる雪が固まる。雪に足が取られる。歩みを進めるごとに足が重くなる。力を入れて進む。二歩、三歩、四歩。歩き慣れた道だが、日が落ちて夜になると途端に知らない顔を見せる。昼間の記憶を頼りに進む。五歩、六歩、七歩。街灯もなく、車も通らず、すれ違う人もない。道の両脇には畑が広がり、春になれば菜の花が植えられて華やかだが、今は雪の下だ。八歩、九歩、十歩。家はまだだ。確かこの先は田中さんの家だ。私の家はそのさらに先。十一歩、十二歩、十三歩。
……ふう、やれやれ、流石に足が辛いな。少し休もう。
そうは言っても辺りは雪だ。座るわけにもいかない。こうしてのんびりもしていられない。今はまだ平気だが、防寒具だって完璧ではない。
少しだけ立ち止まって、また歩き始める。十四歩、十五歩、十六歩、十七歩、十八歩……
気が付くと足元しか見ていなかった。顔を上げる。あれ?ぼんやりと灯が見える。この先、田中さんのお宅よりさらに向こう。
なんだ?
足を進める。灯がだんだん近づいてきた。
足を止める。道の脇、田中さんのハスカップ畑の入り口だ。暗闇の雪の中、足元にぼんやりと小さな灯が灯っている。ゆらゆらと揺れる光は、火だろうか。
腰を落としてよく見てみる。
すると、雪がすり鉢状に掘られていて、その真ん中に蝋燭が灯っていた。その周りをなにやら小さなものが蠢いている。もう少しよく見よう、と屈み込んだ途端、私は蝋燭の根元にいた。
え、と上を見上げると、上の方でちらちらと火が揺れるのがわかる。日が揺れるたびに影が揺れる。蝋燭の根元が太い。大人が3人くらいで抱え込める太さかな。火の影に交じって、なにやら動く影もある。なにかの気配。
振り返ってみても、何もいない。でも影だけがちらついている。見えないだけで、何かがいる、それも一つや二つじゃない。影を見ればわかる。ざわざわと影は揺れるのに、その影を作り出すものが何一つ見えない。
ここは、どこだ。一体、なんだ。
ふと、寒さも感じていないことに気がついた。雪は?足元もすり鉢状の壁も雪でできている。でも降っていない?歩いているときにはあんなに降っていたのに?これは、どういうこと?でもなにか、そんなこともどうでもいいような気が、し始めた、時だった。
「小夜ちゃん!小夜ちゃん!」
肩を揺すられて気がついた。田中さんのおばさんだ。あれ?ここは?今までの蝋燭は?
「気がついた!びっくりしたよ、こんなところで!!」
辺りを見渡すと、雪道だった。あ、私は倒れていたのか。体の左側が雪だらけだ。
「今救急車を呼んだから!お家の人ももうすぐ着くからね!寝てはダメよ!!」
私は……寝てたのか。あ。
ふと道端を見ると、灯はなかった。見間違い?でも確かに光っていた。あの揺らめきは蝋燭の炎だった。
よく見ると、道の脇にすり鉢状の凹みがあった。
救急車のサイレンが聞こえてきた。

10/25/2025, 4:14:40 PM