未知亜

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ㅤおまえの演技はお茶漬けだ、と代理でやってきた講師は言った。
「要するにさらさらなんだよ。深みや葛藤ってものがない。そんなもん、誰がわざわざ見に来るんだ。最初が肝心なんだぞ」
ㅤ文化祭の稽古が始まって一ヶ月。私の長台詞で始まるミステリーは、冒頭シーンの練習を繰り返してばかりいた。台詞を最後まで言わせて貰えたことは一度もなく、私の怒りは頂点に近かった。
「サークルの学祭発表なのに、なんであそこまでスパルタなの?ㅤだいたい、あの発言ってお茶漬けにも失礼じゃない?」
ㅤうんうん、そうだねと頷いて、マッキーはウーロンハイを煽っている。
「ちょっと、人の話聞いてる?」
「要するに何も残らないってことでしょ?ㅤ噛まずに飲み込めちゃうみたいな」
ㅤ向かいでは、貴美子が鶏皮にレモンを搾りながらフォローにもならないことを言う。
「それにほら、さらさらって悪いことばかりじゃないよね?」
ㅤ空になったジョッキを店員にかざすと、貴美子は眉を寄せて宙を睨んだ。
「なんだっけ、ほら。小学校の音楽に出てくる……」
「春の小川?」
ㅤ私の答えに、「そうそう!」と明るい声が被さった。
「そんなヒントでよくわかったねえ」
ㅤマッキーが鶏皮を口に放り込む。
「春の小川、好きだったから」
ㅤそういえば、さらさらって川の音でもあった。私はお茶漬けで川なのか。岸に咲く菫や蓮華に話しかけ、どこまでも流れすぎて行くだけの川。
「くっそー、今に氾濫してやるからな!」
「おお、いいじゃん!」
「お茶漬け川の氾濫!ㅤウケるんだけど!」
ㅤ二人が面白そうに囃し立てた。
ㅤ溢れ返った黄緑色の川に講師が押し流され、助けを求める間もなく沈むところを想像して、私は日本酒の升を勢い良く傾けた。


『さらさら』

5/29/2025, 9:39:30 AM