:見つめられると
ぶっ刺さないと喋ってくれないの。
何度も何度も刺して、その度にズタズタになってまうけど仕方がないわ。腕もお腹も太ももも心臓もズボズボ穴だらけになって、血だまりの上で横たわっているばっかりだけど、死にはしないし消えたりはしないから安心してね。
お話したいときは髪を鷲掴んで引っ張ってあげれば起き上がるから、それで顔を上げさせて。起き上がっても何も言わないならもう一度刺してみてね。それでもだめなら投げといてちょうだい。ベチョベチョ血だまりの上に横たわるだけだから。意外と気持ちいいのよ、生ぬるくて暖かくて。
またお話がしたくなったらいつでも来てね。
申し訳なさそうな顔も、苛立ってる顔も、困った顔も、微笑む顔も、見慣れているから気にしないで。だけど包丁は忘れず持ってきてちょうだい。刺さないと喋れないから。滅多刺しにしてくれたって構わない。
痛めつけたいわけじゃないのよ。私はね。でも、みんながみんなそうじゃないから。踏んづけて蹴り飛ばしてボコボコに殴ってスッキリしたい子もいれば、詰ったりお説教する子もいるし、ただ眺めて無視して帰っていく子もいる。
待ってるから。また来てね。
どれだけ包丁を用意しても、どれだけ血を掃除しても、どれだけ待っていても、一向に喋る意思を見せない。声を掛けてみても、そばに座ってみても、抱きしめてみても何も言わない。無表情、無気力、クタクタの屍。時折半分開いた目で見つめられるけど、何かを求められているような、そうでもないような、意図は読めない。
仰向けに寝転んでぼーっと暗闇を見つめているときだけ、ほんの少し幸せそうに見える。
でもごめんなさいね、お客さんが来たから包丁で刺されてもらわないと。何も語らないあなたのために代わりを努めてくれる大事な人たちだから。
だからごめんね、そんなに怯えないで、怖がらないで、逃げようとしないで、余計ズタズタにしたくなるじゃないか。
大嫌いなんだ。喋らねぇし無視を決め込むし逃げてばっかのくせにすーぐ被害者する。だからボコボコにしたい。役立たずはゴミ。ズタズタになって弱ってさっさといなくなればいい。なのに、なのになのになのに!なんでこんなみすぼらしくてきったねぇこいつなんかを大事にすんだよクソが!さっさとくたばればいいのに。
こうやって自尊心を削っておくことで私は私でいられる。酷な話ね。でも仕方がない。こうやって均衡を保っておけば人の中で生きていける。まともでいられる。おかしなことを人前で言うことなく普通の人としていきていられる。我慢できる。自我を保っていられる。私が私として生きるためには犠牲になってもらわないと。変な子って思われないように、除け者にされないように、傷つかないように生きるためには先に刺しておくのが一番なんだ。
これは最低限の必要犠牲だ。致し方ない。
そう言って皆、刺しに来る。「ごめんね」「ごめんなさい」「ごめん」「ごめんよ」と言いながら、ぐっさり包丁を肉に食い込ませてくるのだ。でも、それも仕方のないことなんだろうなって。痛いけど、誰も話を聞いてくれないし、それなら、暗闇でべっとり横たわってるほうが、いいんじゃないかなって。少なくとも、嫌ではないから。それに皆、代わりに生きてくれてる。ならほっとけばいい。ただひたすらに蹲っていたい。それが叶うなら「本当の自分の気持ち」なんて必要ない。それに嘘の言葉で喜んでくれているなら本音なんてない方がいい。本音ってのは全てにおいて消費量が激しい。なら嘘で固めた姿のほうが身軽でいいのさ。
賢く生きなきゃ。ダメージは少ないほうがいい。
生きるためには「本当の自分」なんて邪魔でしかない。本音本心ありのままを受け入れてほしいなんてね、それを望めるのはごく一部の人だけさ。お前は特に駄目だ、望める側じゃない。だから諦めてるんだろう。実に良い選択だ!ありのままの自分でいたら他人から嫌われることをきちんと理解している。ありのままを受け入れてもらおうとするからカモられて搾取されるんだよ。
もう二度と愚か者になりたくない。
可愛い可愛い可哀想な子。ぶっ刺さないと喋れないけど、他の子が話してくれるから、もうそれでいいって、それすらどうでもよくて興味がなくなってるのね。代弁者はやっぱり必要?ありのままの貴方だって十分素敵よ。さあ、手を取って、踏み出して。胡散臭い?それは困ったなぁ、どうしたらいいかな。
しばらくはやっぱり無理みたい。また引き篭もっちゃった。お話したいとき、また今度来てちょうだいね。包丁を使い切っちゃったみたいだからまた用意しておくわ。じゃあ、またね。
待ってるから。
良ければまた、刺していってね。
3/28/2024, 9:25:55 PM