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生業(テーマ 明日世界が終わるなら)


 生きていくためにする仕事=食うためにする仕事か?


 今日も仕事が終わらない。
 朝早く出社し、夜遅くまで残業する。

 日中は仕事が増える時間だ。
 定時後、お客が来なくなってから、仕事を片付ける時間が始まる。

 そして、深夜、家に帰る。

 睡眠時間は短く、必然的に眠りも浅い。

 年齢のせいか、糖尿病になりつつあるのか、腎臓が悪いのか。トイレが近くなり、夜中に何度も目が覚める。

 そして、久しぶりにはっきりとした夢を見た。



 高校の授業の夢だ。
 高校の時の落ちこぼれだった私は、態度だけは真面目で、成績はさんさんたるものだった。
 夢の中でも態度だけは真面目な私。

 夢の中で、教師は言った。かつて実際に言われたことだ。

『明日世界が終わるとしてもやるのが、一生の仕事だ。』

 学生の時はピンときていなかった。

(明日世界が終わるなら、仕事なんてしないに決まっている。家族や友人と会うくらいか。)

 反抗とかではなく、ごく自然にそう思っていた。



 目が覚めて、天井を見る。
 時計は午前3時。
 さすがに起きるにはまだ早い。

(今はどうだろうか。)

 今の仕事は『そういうもの』か?

 あした世界が終わるとしても、仕事をするだろうか。

(するわけがない。)

 では、何なら『明日世界が終わるとしても』やるのか。

 子どもがいたら、子どもと一緒に居るかもしれない。

 妻がいたら、妻と過ごすかもしれない。

 両親と過ごすのが、もっともありそうなことだ。



 だが、もしかしたら。

 何かの気の迷いで、最後の一日は、文章を書いて過ごすかもしれない。


 つまり、自分にとっての生業とは、そういうものなのだろう。

 問題は、自分の文章では食っていけないと言うことだ。


 人間、やりたいことで食っていければ好運だ。

 自分は、好運ではなかった。

 だから、生業と言えない仕事で、糊口をしのぐのだ。


5/7/2024, 1:00:57 PM