池上さゆり

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 今にも雨が降りそうな重苦しい空を見上げる。少し、悲しいことがあったせいか物憂げな空にも見える。
 恋人と別れてからも、私たちは友達として新しい関係を再構築していた。それでも、時折蘇る恋心に苦しくなったりもした。かっこいいなとか、この表情好きだなとか、楽しそうでよかったとか。
 それでも、付き合っていた頃とは違う距離感で接せなければならないことがつらかった。
 今日、珍しく彼はおしゃれな髪型をしていた。セットをしたのではない。いつも通っていた千円カットではしてもらえないような、今時の男性といった感じで後ろを刈り上げて、前髪をセンター分けにしていた。どうしたのかと聞くと、今は美容院に通っているのだという。別れてからの変化が私はこわかった。
 新しく好きな人ができたのではないかと、気が気じゃなかった。自分から別れを告げておきながらも、彼に新しい恋人ができるのはどうしようもなく嫌だったのだ。
 だから、冗談めかして「恋人とか好きな人でもできたの?」と聞いてしまう。私の影響で変わることなんて、一切なかった彼が、誰かの影響で、誰かのために変わろうとしていることを知りたくなかった。
 違うよと否定されても、安心できない。どんな心境の変化で変わろうとしているのかを知りたくてたまらない。でも、そこまで踏み込める距離感じゃないこともわかっている。もどかしくなりながら、会うたびにおしゃれになっていく彼を見つめていくのが苦しかった。
 別れ際、いつものようにハグをしてバイバイしようとすると、断られた。
「そろそろ、俺から離れないとな。じゃあ、バイバイ」
 そのバイバイに、次がないような気がした。なにそれと笑いながら、私もバイバイと言った。姿が見えなくなった瞬間に溢れた涙を止められなかった。こんなにも好きなのに、ただ苦しいだけ。
 それでも、付き合っていた日々に戻りたいと思えないのは、もう人を愛する勇気を失ったからだろうか。
 

2/25/2024, 1:12:38 PM