川柳えむ

Open App

 君から『声が出なくなった』とメッセージが届いた時はとても驚いた。
 君は歌うのが大好きで、その歌声で大勢の人を魅了していた。
 そんな君が声を出せないなんて。
 メッセージを受け取った僕は、慌てて君の元へ飛んでいった。
 部屋のインターホンを鳴らすと、君が生気のない顔をして出てきた。

 部屋に入り、事情を訊く。
「原因はわかってるの?」
『はっきりとはわからない』
 スマホのメモで返事をしてくれる。
「風邪引いてたとか」
『元気』
「元気ならいいんだけど……」
 その割に、表情は暗い。
 当たり前だ。君は、歌うのが大好きなんだから。
「医者には行った?」
『うん』
「医者はなんて?」
『ストレスじゃないかって』
「思い当たることはあるの?」
 短い沈黙が訪れ、それから、君はゆっくりとメモを打ち出した。

『上手に歌わないといけない
 みんなが期待してる
 私を否定する人もいる
 歌が大好きなのに歌うのが辛い』

 プレッシャーか……。
 君のことを小さな頃から見ていた。
 君は歌が心から好きで、いつも楽しそうに歌っていた。
 たしかに最近の君は、表情が硬かった。
 期待に応える為に、焦って、必死になって、そして、ストレスから声が出なくなってしまった……。
「歌ってよ」
 君が驚いた表情で僕を見る。
「声が出ないのはわかってるよ。でも、僕は君が楽しそうに歌ってるのを見るのが好きだ。観客は僕だけ。上手く歌おうとか考えなくていい。声が出なくなっていい。僕の為に歌ってくれないか」
 君は戸惑った様子で、それでも歌い始めた。
 声は出ていない。でも、少しずつ表情が崩れていく。だんだんと、昔みたいに楽しそうな表情に変わっていく。
 声は出ていないけど、僕には聴こえる。楽しそうな君の歌声が。

 君が歌い終わると同時に、大きな拍手を贈った。
「やっぱり君の歌声は最高だ!」
「声聴こえてないのに?」
 君が楽しそうに笑った。


『君が紡ぐ歌』

10/19/2025, 11:04:20 PM