『愛言葉』
愛していますと言えば客が喜ぶからと教えられてきたから言うようにしていた。私は何も知らない空っぽな人間なので言われたとおりにしかできない。言われたとおりにしていれば、ぶたれることはないし怒られることもない。
ある日にやって来たお客様は部屋に入っても私に触れることはせずに、いくつか質問をしてきた。今の仕事は好きか。ここから外に行ってみたいと思うか。もっといろんなことを知りたいと思うか。どの質問にも私はわかりませんとしか答えられなかった。
「……愛していますという言葉の意味を知っているか?」
「わかりません」
お客様は俯いてため息を吐いた後に部屋を出ていった。私は怒られてしまうのではないかと怯えたが、戻ってきたお客様からここから出なさいと告げられた。言われたことしかできない私はそうして娼館から出ることになった。
養父となったお客様のことを私はお父様と呼ぶようになり、学校ではさまざまなことを教えてもらえた。私が空っぽだったのは学びを得るこのときのためだったのかと思えるほどにどの授業も楽しいものだった。
学校での学びとお父様との暮らしで私は変わることができた。
「愛していますという言葉の意味はわかってきたか?」
かつて私の言わされてきた言葉は私のように空っぽだった。お父様がかけてきた言葉に、今の私は答えられる。
「とても一言では言い表せない想いをどうにかして相手に伝えられる言葉、です」
お父様は俯いてため息を吐いた。それが私の成長ぶりに感極まったものであることが今の私にはよくわかる。
「愛しています、お父様」
涙をこぼす私を胸に受け止めたお父様は堪えてきた涙をついにこぼしてしまった。
10/27/2024, 3:16:18 AM