善次

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タイムマシン

 タイムマシンの定義を「時間旅行を可能にする機械、または機能」としたとき、次に必要になる定義は「時間旅行」についてだ。
 ヒト(知能強化霊長類とかサイボーグクジラや高性能人工知能などもここでは含めている)は〈時間〉を不可逆なものとしているが、その原因はヒトがヒト的思考――時間の〈流れ〉に沿った一方向に向けて進行する機能――を前提として生きているからであり、言いかえれば〈時間〉は必ずしも一定の方向へ流れることが確定しているわけではない。
 我々ヒトが生きるために〈未来〉と〈現在〉と〈過去〉を決めざるを得なかっただけで、〈時間〉そのものは不可逆なものではないのだ。
「それで?」とおれは言う。「肝心のタイムマシンはどうする。ヒト的思考とやらをおれたちが捨てられない限り、時間旅行は無理だと言いたいのか」
「いいや、時間旅行は可能だ」
 昼食代わりの液体寿司をジュルジュルやりながら藤原が答えた。
 藤原とは学生のときからの腐れ縁で、人手が足りないときやめんどうな問題が発生しそうなときは必ずおれを呼びつけてくる。他人からは信頼されているのだろう、という無責任な言葉をかけてもらえるが、おれとしては迷惑極まりない。
「ようするにヒト的思考、おれたちの思考、広義の意識が時間の流れを一方向にしか捉えられないのが問題であって、思考が時間の順序から解き放たれれば時間旅行は可能だと言えるんだ」
「それは……ただの妄想や幻覚となにが違う。証拠があってこその時間旅行じゃないか」
「物理的な旅行だって体験していない者からすれば幻覚と同じだ。絵はがきだってどこからでも送れるんだ。そうだろう」
「詭弁だ」
「考えてもみろよ、物理的な時間旅行はリスクが多すぎる。リソースも必要だし、個人の頭だけで時間旅行ができるってんなら社会に迷惑もおよびにくい。安全で楽しい時間旅行が成立すれば稼げるかもしれない」
 巷で流行っているフルダイブ式の仮想体験と同じじゃないか、とおれは思うのだが、藤原を自称・時間旅行から諦めさせるだけの気力はない。おれは大人しく従う。
「で、おれはなにをすればいい?」
「なにもしなくていい、というより、おれ自身が時間旅行をする。それを第三者として観測してくれればいい。泡を吹いて倒れたりとか、けいれんしたら助けてくれ」
「わかった。いまから救急に連絡しておく」
「ちょっとそりや早いな。まあいいさ、成功してからごめんなさいさえ言ってくれればな。見てろよ」
 藤原がケーブルをつなげた薄いジェルシートをうなじに貼りつける。それから古いデスクトップ型のパーソナルコンピュータみたいな機器の電源を入れた。見かけとは異なり、機器は素早く起動すると正体不明のライトをチカチカやり、その点滅具合に藤原はにやりと笑った。
 特に合図もなく藤原は右手に握っていた端末をタップすると、気持ち悪い笑みを浮かべたままぶっ倒れた。鈍い音はしたが目立った外傷はない。おれは勝手に用意したコーヒーとビスケットをおやつに食べながら、自分の端末で暇を潰す。
 一時間ほど経つと藤原は身を起こした。
「おう、どうだった」
「清水、飯はまだか」
 タイムマシン完成はどうも遠いようだ、とおれは結論づけた。

1/23/2023, 4:06:37 AM