視界いっぱいに広がるヒマワリ畑。
太陽に向かって力強く咲き誇っているのに、鼻を掠めるのは爽やかな草と、土の心地いい匂いだ。
天候にも恵まれ、青々とした空は鮮やかにヒマワリ畑を彩っている。
目の前に展開された広大な夏のパノラマに圧倒された。
意外、なんて言えば怒られてしまいそうだが、彼女は意外にも四季の移り変わりを楽しむ。
ヒマワリの見頃としては少し時期は早かったが、ドライブも兼ねて遠出することにしたのだ。
「おぉー。見事に咲いてるねー」
つばの大きな麦わら帽子をかぶった彼女が、太陽よりもヒマワリよりもきらめいた笑顔を浮かべて声を弾ませた。
黒いTシャツとショート丈のデニムパンツでシンプルにまとめた彼女は、いつもより露出が多い。
「日焼け止め、ちゃんと塗り直しました?」
普段から長袖ウェアとロングパンツで肌を隠している彼女の肌は、いざ夏空の下に晒してみると驚くほど白い。
普段使いしている日焼け止めスプレーでは俺の気持ち的に心許なさすぎて、肌に負担の少ない低刺激の日焼け止めを道中で買い足して彼女に押しつけたのだ。
そんな俺に対して、彼女は心の底から鬱陶しそうに顔をしかめ、面倒くさそうにため息をつく。
「……せっかくヒマワリに囲まれてんのに第一声がそれで大丈夫?」
「日焼けで赤くなったら大変じゃないですか」
「ちゃんとやったから安心して。でも、なんで急にヒマワリ? そんな趣味あった?」
……人が遠慮した本音をコノヤロウ。
まさか彼女から言われるとは心外である。
「……どういうことですか」
「変なポーズ指定しては写真を大量に撮られるのかとばかり」
「変なポーズってなんですか」
「んー……」
考えるそぶりを見せたあと、彼女はとてとてと俺から数歩距離を取った。
指先で麦わら帽子のつばを摘んで振り返る。
「例えば、こんな感じ?」
腰をくねらせわざとらしく唇を突き上げてはにかんで目元を緩めながら俺を見上げた。
「は? 被写体の天才ですか?」
ヒマワリの群生を背景に、まさかのサービスショットを彼女自ら提供してくれた。
立っているだけでもこんなにかわいいのに、こんなあざとい表情と立ち方をすればさらにかわいくなるに決まっている。
携帯電話のシャッター音をけたたましく鳴らし続けた。
「とはいえ、逆光なのでやるならこっち来てやってください」
「散々連写しておいてから言う?」
俺の言葉を一蹴したあと、彼女は大きな麦わら帽子を最大限に活用して歩き出した。
しばらく写真は撮らせてくれそうにないだろうと、諦めざるを得ない。
ゆっくりと、彼女の気分のままに、晴れ渡る夏空とヒマワリを堪能したのだった。
*
帰路の途中、空は徐々に茜色に染まって夜の帷を下ろす準備をする。
飲み物がなくなってしまったから休憩がてら道の駅にでも寄ろうかと声をかけるが、彼女からの返事はなかった。
「……寝ちゃった?」
つばの大きな麦わら帽子を抱えて、助手席で彼女は肩を上下に揺らしていた。
小さく寝息を立てる彼女の無防備な姿を横目で捉えたあと、アクセルを踏む。
今は俺の中で新鮮で特別なこの光景も、たくさんの小さな日常となって長い人生の一部に溶け込んでいくのだろうか。
ヒマワリ畑の景色や、彼女の寝顔。
今日というこの日を大切に刻んだ。
そしていつか、今日の出来事を思い出にして懐かしみたい。
たくさんの「特別な景色」を作っては「あの日の景色」と振り返り、かけがえのない過去にしながらふたりで時を重ねていけるように。
そう、なれたらいいと願った。
『あの日の景色』
7/9/2025, 2:20:09 AM