『冬晴れ』『君と一緒に』『追い風』
「んんーー」
冬晴れの空の下、私は大きく背伸びをした。
最近は曇りばかりだった空も、今日は雲一つない眩しい青空
真冬だっていうのに、春と勘違いしそうなほど暖かい日だった。
ここのところ、昼間はずっと家に引きこもっていたから、日を見るのは久しぶりだ。
去年は忙しい一年だった。
取り立ててなにかイベントがあったわけではない。
ただ、毎日漫画を書いた。
それだけだ。
去年の正月の事だ。
知り合いから『休載になった漫画の穴埋めをして欲しい』と依頼を受けた。
小さい頃からの夢だった漫画家になれることに興奮し、その場で了承した
幸運なことに、描いた漫画は読者から熱烈な支持を受けた。
人気のほどを知りたければ新聞を読むと良い。
そうすれば嫌でも分るだろう。
後任が決まるまでの期間限定の仕事だったが、後任は決まらず、私の人気も追い風になり、そのまま続投することになり今に至る。
しかし現実は厳しい。
始めは順調だった仕事も、月日が経つにつれ暗雲が立ち込める。
描き始めたころは一時間ほどで、仕事のノルマの分を描くことが出来た
しかし、段々描くスピードが落ちてくる。
一時間で書けたものが二時間となり、二時間でかけたものが半日となる。
12月ごろには睡眠時間を削らないといけないほどだった
私生活が乱れ始め、これはいかんと一念発起。
今年の正月を機に、描くことを止めることにした。
と言っても漫画をやめるのではない。
毎日描くのをやめるだけ
詳しくは考えてないが、三日に一度くらいで描く予定だ
ワークライフバランス。
何事もほどほどが一番である。
そして今日は漫画を描かない記念すべき一日目。
毎日追われていた締め切りから解放され、とても気分が晴れやかだ。
ああ、人生って素晴らしい。
ああ、誤解されないように言っておこう。
漫画の仕事を受けたことに後悔があるわけじゃない。
楽しかったとも……
ただ疲れただけだ。
「先生、いらっしゃいますか?」
私が庭で自由を噛みしめていると、一人の男がやってきた。
担当編集者だ。
いつも笑顔で気持ちのいい青年だが、今日の彼は険しい顔をしている。
「先生、連絡がつかないので、何かあったのかと心配していました」
「それはすまなかった。
私は見ての通りピンピンしている。
連絡に気づけなくて申し訳ない」
私の返答に、担当は少し安心したような素振りを見せる。
しかし、依然として顔は険しいまま。
彼は逡巡した後、口を開く
「先生、原稿はいかがですか?」
彼は意を決し、本題が切り出す。
やはりそれか……
私は努めて冷静に、予め用意していた言葉を話す。
「去年、君とはずっと一緒だったね」
「そうですね」
「ずっと二人三脚でやって来た。
君に助けられたことは一度や二度ではない。
感謝しているよ」
「それはどうも」
「今年もずっと一緒にいられればいいとも思っている」
「ありがとうございます。
あの、先生?
それで原稿は――」
「だからこそ、君には正直に言おう」
私は担当の目をまっすぐ見た。
彼の目には、私が映っていた
「何も書いてない」
「ええーーー!!!」
担当は、この世の終わりを見たかのような叫びをあげる。
「さすがにネタ切れでな。
ネタを考えることすら放棄した」
「待ってください。
描けないとなると、先生のスペースの分が!
どうするんですか!」
「そこはあれだ。
あれだ、あれ。
君が何とかしてくれ」
「そんな無茶な!」
「君と私の仲だろ?
今回も助けて欲しい。
では私はコレで――」
「逃がしません」
立ち去ろうとした私を逃がすまいと、担当が私の服を掴む。
「なんでもいいから書いてください!」
「安心してくれ。
明日になれば描くから」
「ダメです」
「今日だけ!
休むのは今日だけだから!」
「そんなこと許されるわけないでしょ!」
私は担当を引きはがそうと力を込めるが、一向に離れる気配がない。
何が何でも漫画を描かせるという、強い意志を感じる。
なんという執念だ!
「ええい、離せ!
私は今日は漫画を描かないと決めたんだ!」
「いえ、何としても描いてもらいます!
4コマ漫画が載ってない新聞なんて、新聞じゃないでしょ!」
1/9/2025, 1:35:39 PM