花束
「これやる!」
顔を真っ赤にして差し出されたのは、花びらを鮮やかな黄色に染め上げ綺麗に咲いたたんぽぽの花束。
家に入ってからずっと背中に何を隠しているんだろうと思っていたが、まさか花束だったなんてっと少し驚いてしまった。また虫だったら怒らなければと考えていたことを反省して陽希を見る。
いつもなら「なつ姉ちゃん! 聞いて!」と笑顔を向けて今日学校であった話をしてくる陽希は下を見たまま私の反応を待っている。
少し考えてから、私は手を伸ばして花束を受け取った。
「ありがとう。綺麗だね」
その言葉に陽希は顔を勢いよく上げて、キラキラと目を輝かせながら「うん!」といつもの笑顔を向けてくれた。それが手にある花に重なって、私もつられて頬を緩ませる。
「おれ、すぐになつ姉ちゃんと同じ中学生になるから待っててよ?」
「いいよ〜。待ってる……って言ってもお隣さんだからいつでも会えるよ?」
「そういうのじゃないの! 全然違う!」
「ごめん、ごめん。ちゃんと学校で待ってるよ」
陽希は満足したのか「分かってくれればいい」と言い、大人びた表情を見せた。
「たんぽぽ、花瓶に入れてあげないと。はるは居間に行って、今日の宿題出しときな」
「はぁい……」
宿題という言葉に肩を落とす姿は年相応で、それになぜか安心した。
洗面台に向かい、棚にしまってあった花瓶に水切りしたたんぽぽを挿す。白い陶器に黄色がよく映えている。
花瓶を持って居間に入ると、午後の太陽の光に照らされた陽希が目に入る。それがとても眩しくて、私は目を細めた。
私に気付いた陽希が「国語の問題意味わかんない!」と口をヘの字にして言う。
それに「はいはい」と笑って返すと「早く教えて」と急かされた。
窓際に花瓶を置いてから、私はいつものように向かい側に座って勉強を教え始める。
――きっと彼は、私の知らない内に成長していくし、沢山の人に出会い、私への感情も変わっていくだろう。
それでも良いと思う。
今この瞬間が、綺麗な思い出として残るのなら悪くはない。
「なあ、なつ姉ちゃん」
「ん? どうした?」
「おれは真剣だからね」
考えを見透かされたように鋭い一言が心を突く。
いつの間にか、私が知らない陽希がすぐ傍まで来ている気がした。
日々家
▼余談/登場人物
沢田 陽希(さわだ はるき)
森岡 夏乃(もりおか なつの)
2/9/2024, 1:53:48 PM