「君の記憶の海の一番深いところには、なにがあるの?」
と、君は陽光を跳ね返す水面のような瞳を僕に向けて、言った。
【記憶の海底】
「……何、急に」
「私のはね、小さい頃に家族と遊園地に行った思い出とか、初めて一人で作ったクレープの味とか、親友と誕生日プレゼントを贈りあった記憶とか、そういう綺麗なものがいーっぱい、サンゴ礁みたいにキラキラしてるの」
「…………それは、何より」
と言うより他に、どう返答すればいいのかわからない。
「……そういえば、君から過去の話ってあんまり聞かないなーって、ふっと思って」
「ああ……」
「ね、君の記憶の海底には、なにがあるの?」
宝箱の中を覗き込むような、きらめく瞳。……そんな目で見ないでほしい、と思う。
「……海底って、シーラカンスとかダイオウグソクムシとか、結構グロい見た目の生き物も多いって言うよね」
「ちょっと、なんでこの話の流れで言うの」
「日の光が届かない場所だから、人目に晒せないような生き物たちが集まるのかも」
「わ、私の記憶の海は、そういう生き物がいるタイプの海じゃないから!」
「なんだそりゃ」
……でも、海底って本来、そういう場所じゃないか。日の光も、人目も届かない場所。ダイオウグソクムシのような、いわゆるキモい見た目をした生き物だって、安心して過ごせる場所。
僕の記憶の海底は多分、生まれた時の記憶で満たされているのだろう。そして、僕が生まれた時というのはつまり、君に出会った時ということだ。光を通さないほど暗くて、グロくて、キモい記憶。とても人様には見せられない、情けないほど醜い記憶。
「私の海は、海底までキラキラしてるタイプの海だから! サンゴ礁とか……あと、サンゴ礁とかがある系の海だから!」
「イメージあっさ」
「うるさいなあ」
透明な水でも、注ぎ続ければ割となんだって隠せるのだ。太陽を受ければ光ったりもする。だから、潜って探査しようだなんて、思わなくてもいいじゃないか。足が浸る程度の浅瀬で、こうしてずっとじゃれ合っていようよ。
5/13/2025, 12:59:34 PM