お題『やりたいこと』
「主様、そろそろお食事のお時間ですよ」
「いーやー!!」
主様が二歳のときの話。
イヤイヤ期真っ只中の育児は案外楽しかった記憶がある。育児書で読んだ知識がとても役に立った。
それまでできなかったことに挑戦し、やりたいことを達成する喜びは二十八歳の俺でも共感できることも少なからずあり、主様の成長をしみじみと喜ぶ時期でもあった。
「いやなのですね。お絵描きは楽しいですか?」
「ぐすっ……うん」
嫌という気持ちに寄り添えば、素直な主様の癇癪はすぐにおさまったものだ。
「それではその赤い色を塗り終えたらお食事にしましょう」
「やだっ!」
「困りましたね……主様の大好きなポテトが冷めてしまいます」
ポテト、という単語に主様は固まった。おそらくお絵描きとポテトの両方を、頭の中で天秤にかけているのだろう。
「ポテトを食べ終わってからお絵描きの続きをいたしませんか?」
「……うん」
今思い出してもとても愛くるしかったなぁ……。
おっと、そろそろ三時だ。お茶の支度をしよう。
俺は六年前の日記を閉じて、キッチンへと向かった。
6/10/2023, 10:34:27 AM