『月明かりの下、君を想う』
「願い事は言葉にしたら叶わないんだよ」
いつだったか、あの人は昔そう私に教えてくれた。
それ以来、私は黙って祈るようになった。
あの人が側にいなくなってもそれは変わらなかった。
自室の窓からは人々の暮らしの象徴である灯りがよく見える。誰もいない交差点の信号が点滅して赤になる。
日曜の夜はひどく静かで、アルコールの入ったグラスを少し傾けるとまるで違う世界へ入り込んだかのような錯覚を覚えた。
月明かりが窓を伝って入り込んでくる。それはひどく神々しく、敬虔な教徒になった気分にさせる。
なぜだか少し目の奥がツンとした。感傷的な時はやることは一つしかない。
背筋を正し、目を軽く瞑って両手を合わせる。
願い事はひとつ。
想いを込めて、真剣に祈る。
もしかしたら願いが叶うかもしれないから。
『あの人とまた暮らしたい』
分かっている。馬鹿馬鹿しい。あの人の意思で出て行ったのだから戻ってくるはずはないと。
でも、私は信じて待ってる。
私には祈ることしかできないから。
瞳をあけて月を見た。
大きな月だった。薄黄色の光を宿す月面の影に、あの人の面影が見えた。
私は少し泣いた。
#月に願いを
5/26/2024, 1:46:00 PM