NoName

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寒い。月並みな言葉だけれども、その言葉しか出ないほどに部屋は南極にいるみたいに凍え死んでしまいそうだ。
寒い。
寒い、と思いながら目覚まし時計を見ればすでに九時を回っていた。これが、まともな会社員だったなら遅刻確定だ。こういうときばかりは自身の職業に安堵する。
煙草を吸おうとベランダに出ると、趣味の園芸であるハーブに霜が降りている。特価品だからすぐに枯れると思っていたのに、俺の予想に反して、ピンっと元気よく葉を伸ばす。

「あ、起きました?」
ひょっこりと少女が寝室に顔を出した。誰だ、こいつ。訝しげな顔をしていたせいか、少女は両手を口元に当てて叫ぶ。

「酷いわ、お兄さんっ!昨晩はあんなに愛し合ってくれたと言うのに!」
「ふざけた真似抜かしてっと叩き出すぞ、小娘」
「なんだ、覚えているんじゃないですか」

家のアパートのごみ捨て場で膝を抱えていた高校生高校生ぐらいの娘。警察を呼ぼうとしたら、嫌がられたので、自分の家に招き入れた。ガキを男の家に入れる時点で倫理観的にどうかと思うが、まぁ、仕方がない。どのみち、今日で追い出す。
ライターで火をつけようとポケットを探るが見当たらない。しまった。仕事部屋だ。
パチン、と彼女は指を鳴らすと、左手の親指に火が灯る。

「煙草の火が欲しいんでしょ?」
「どーも」

俺は彼女に火をもらいながら、最近のニュースが頭に流れる。連続放火事件。田舎の聞いたことがない村からだんだんと自分が住む東京へと近づいてきていた。犠牲者は大体、一人暮らしの男性。俺はドンピシャに当てはまる。

「安心してよ、まだ殺さないから」

ベランダの柵に持たれた幼い少女の顔をした放火魔は、不気味なぐらいゆったりと首を傾げて微笑んだ。



11/28/2025, 10:04:44 PM