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別れ際に

 恋人と連絡が取れなくなってから数週間が経った。どれだけメッセージを送っても読んだ様子はなく、もちろん向こうから連絡する気配など微塵もない。そもそも私の前から消える気配だってなかった。
 小さくため息をつく。私に飽きたのか、それともどうしようもない事情があるのか。色々と考えてみたが、前者で納得することにした。そう思った方がまだ救われたような気持ちになる。

 二人で映画を見に行った日が最後だった。誕生日とか記念日とかいうわけではなく、ただ彼に似合いそうなピアスを見つけたから買ってプレゼントした。
 私は彼という人の、耳を最も愛していた。思わず触れたくなるくらいに形は美しく、けれど精巧な石像のようで触れることは恐れ多くてなかなかできなかった。そしてその耳朶を飾るピアスも当然美しく、触れることができない分ピアスを選ぶことが私の楽しみであった。
 つけてと言われたのでおそるおそる彼の耳に触れる。彼は私が耳を愛していることを知っていたから、「そんなに緊張しなくてもいいのに」と笑っていた。彼の耳は少し熱を持っていた。こっそり自分の耳と比べてみた。私の方がよっぽど熱かった。
 ピアスは彼によく似合った。まるで星々のきらめきを身につけているようで、そう褒めると彼は照れくさそうに笑った。思わず唇を寄せたくなる。けれどそうしたら、せっかくその耳に収めたきらめきが逃げてしまいそうで、ぐっと我慢した。
 彼とはそれっきり。毎日つけると約束して駅で別れて、以来何もない。今でもつけてくれているのだろうか。それとも知らない人からもらったピアスに付け替えたのだろうか。
 あの時、きらめきを逃してでもキスをしておけば良かったと思う。

9/28/2022, 2:06:18 PM