「同情するなら金をくれ!」テレビの中で少女が叫ぶ
わたしがそれを言い換えるなら
「金をよこすなら愛情をくれ!」
歴史の流れがそうさせるのか、はたまた、境遇故にこんな思考をするのか。
金だけを月に一度与えて、家から去る父親が憎い。
そしてその金額が年々、もしくは月によって釣り上がるのが寂しい。まるで、愛してる証だと言わんばかり。
わたしが欲しいのは金じゃない。
わたしは別に、高価なバッグや財布などいらない。
高いご飯なんか、味の良し悪しがわからないので、家で納豆ご飯を食べる方が良い。
昔日のあの日のように、ただ抱きしめてくれたら、わたしの話を聞いてくれたら
それだけで年端もいかぬ小娘の心は埋まるのだ。
一度与えておいて、二度と与えぬつもりなのか?
金よりも価値があるものが私は欲しい。
この思いは強欲で汚らしいとも思う。そして、ついぞ叶うことはないだろうと諦めている。
それでも私は 愛情 がほしい。
11/27/2023, 12:07:10 PM