(すっかり遅くなっちまった……)
夕方までのアルバイトのつもりが、店主にもう少し!と粘られてしまい断りきれなかった。刻々と空が暗くなり、もう既に星が輝き始めている。もっと早く切り上げればよかったのだが、「お給料はずむから〜!」というセリフに抗えなかったのだ。ドケチの習性である。おかげで当初の予定よりも多くの収入が入ったものの、目下の心配は――――――
「見つけたぞ!」
「げっ」
聞き覚えのある声に振り返れば、同居人がずんずんとこちらに向かってくるところだった。心内ではバレちまったと毒づきつつ、へらりとした笑顔を貼り付る。
「『げっ』とはなんだ!夕方までのバイトじゃなかったのか!?」
「いやぁその予定だったんですけどぉ、かくかくしかじかでぇ……」
「あ〜〜もういい。全く、おまえはまたそーゆー言葉に引っかかりおって………帰るぞ」
ほら、と言って差し出された手を握る。子供である自分の手とは比べ物にならないほど大きくて、硬くて、暖かい手だ。
「危ないことはなかったか?」
「はい。あ、時間外手当ってんでバイト代も弾んだんですよ〜!しばらく内職手伝ってもらわなくてもよさそーです」
「ほう?そしたら明日は家でみっちり予習復習に励めるなぁ?」
「え、いやそれとこれとはまた別っていうかぁ」
「バカタレ」
ごちん!とゲンコツが飛んでくる。
「……星が見えましたぁ」
「自業自得だ。……………――――――」
聞こえるか、聞こえないかギリギリの、かすかな言葉。人より敏感なその耳は、しっかりとそれを捉えていた。
「………先生」
「ん?」
「実は長く働かせたお詫びに、ってお土産もらったんですよね。今晩のおかずは一品増えますよ」
「おぉ、それは嬉しいな。で、何を貰ったんだ?」
ニヤリ、と笑って言う。
「練り物です」
「え゛っ」
ビタリと動きが止まる。それもそのはず、彼は練り物が大の苦手なのだ。さっきのゲンコツのお礼である。
「な〜んてのは冗談で、ただの筑前煮ですよ」
「驚かせるな!」
ごちん!
また視界の端に星が散った。
『……あまり、心配させるな』
心配してくれる人がいる。帰路を共にしてくれる人がいる。すこし前の、ひとりきりの自分には考えられなかったことだ。
(こういうのを、幸せっていうんだな)
胸に広がる気持ちは、繋いだ手にも負けないくらい暖かかった。
余談
悲しいかな、もらった筑前煮には練り物(ちくわ)が入っていた。ちくわは全て押し付けられた。
3/12/2025, 10:25:55 AM