sairo

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荒い息。赤い顔。時折溢れる微かな呻き声。苦しげな咳。

やってしまった。

唇を噛み締め、手拭いを変えようと手を伸ばす。先程変えたばかりのタオルは、額の熱ですでに温くなってしまっていた。

「ごめん」

後悔ばかりが押し寄せる。
風邪を引いたのだと、幼馴染の母親は言った。昨夜から熱が下がらないのだと。
自分のせいだ。昨日逢いに行ってしまったから。
せめてもの罪滅ぼしに看病を願い出たが、昨日の事を知らない彼女の母親には気にする事はないと笑って断られた。それでも最後にはどこか嬉しそうに笑われながら許可をもらい、こうして幼馴染の側にいる事を許されている。

「ごめん」

桶に張った水に手拭いを浸し、固く絞る。額にそっと乗せれば、その冷たさに幾分か表情が和らいだ気がした。

「ごめんね」
「…ゃだ」
「しおん?」

微かな声。
いつの間に目が覚めたのか、熱に浮かされた眼差しでこちらを見つめる幼馴染に胸が苦しくなる。

「むりしないで。まだ寝てないと」
「だめ…ひさ、め。ご、めん…めっ、よ」

苦しげな呼吸の合間に紡がれる言葉。

「ごめ、ん、やだぁ」
「ん、でも俺のせいだから」
「や、なの。ごめん、いや…ひさめ、いっ、しょ、いいのっ…ずっと、いっしょ」

ごめんは嫌。ずっと一緒がいい。
熱の為に纏まらない思考で、それでも必死で伝えようと手を伸ばされて。思わずその手を取れば、安心したように微笑まれた。

「分かった。もう言わないから。ずっと一緒にいるから」
「ほん、と?…ふふっ、ひさめ、すき」

嬉しそうに、幸せそうに囁いて、目を閉じる。

「うれし…いっしょ。ずっと。ひさめ。すき。だいすき」
「しおんっ、寝よ?もう、おやすみしよ?」
「ひさめ、は?…すき?」

顔が熱い。きっと今の自分の顔は幼馴染よりも赤いのではと思えるほど。
嬉しさと、それに勝る恥ずかしさに叫びたくなる衝動を堪えながら、呼吸を整え息を吐く。
微睡む幼馴染の耳元に唇を寄せ、囁いた。

「俺も、好き。しおんが大好き」

その言葉に返す声はない。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえ、安堵に詰めていた息を漏らす。
まだ顔が熱い。誤魔化すように握ったままの手を額に当てる。
果たして、今日を覚えているのだろうか。
どうか忘れてほしい。でも覚えていてほしい。
相反する思いに苦笑して、そのまま目を閉じ横になる。
手は離さずに、握ったままで。
笑みを浮かべて穏やかに眠る幼馴染の隣で、同じように暫しの眠りについた。



20240530 『「ごめんね」』

5/30/2024, 2:29:48 PM