Sasha

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「はい、お素麺」

「あ、ありがとう…。」

知り合ったばかりの彼女の部屋で、僕はドギマギしながら箸とおつゆを受け取った。なんでも今日は、素麺の日らしい。

「七夕にお素麺を食べるとね、一年間風邪を引かないって言う言い伝えがあるんだって!」

「そうなんだ?」

僕が育った四国の田舎町では、そんな習慣はなかった。どうせ、バレンタインみたいにどこかの素麺メーカーが勝手にこじつけたんだろう。

「あ、疑ってるね?」

僕のそんな気持ちを目ざとく察したのか、彼女は不服げに声を上げた。

「七夕に素麺を食べるのは、平安時代からの習慣なんだよ。もとは中国の皇帝の子どもが亡くなった時に始めたんだけどね。」

「へえ…。」

「皇帝の子どもが、小さい時に病気で死んでしまったの。そのあとすぐ、疫病が流行ったから、周りの人はきっと子どもの祟りだと考えて、その子が好きだったお菓子をあげたの。」

「お菓子?」

「そう。索餅っていうお菓子よ。索餅は、そうめんの元になったお菓子なの。細長くしたのをねじって…」

熱心に素麺のルーツを説明する彼女を見て、僕はなぜかドキドキしてしまった。人が我を忘れて、何かに夢中になるのを目にするのはいいものだ。

「聞いてる?」

「あ、うん聞いてるよ。」

本当は全然はなしなんか聞いてない。素麺を食べてはいるが、味だってまったく分からない。彼女のきれいな柔らかそうなピンク色の頬に心を奪われたままだ。

彼女が素麺に缶詰のミカンを入れる家庭の出身じゃなくて良かった、とぼんやり考えている。

【七夕】

7/7/2023, 1:30:08 PM