#神様だけが知っている
自分が何をしたいのかよくわからない。
何においても好きなのか嫌いなのかわからない。
好きな食べ物も、嫌いな食べ物も、好きな教科も、嫌いな教科も、好きな音楽も、嫌いな音楽も、好きな芸能人も、嫌いな芸能人も……とにかく何一つわからない。
友達から、親から、学校から、社会から、好きなのか嫌いなのかわからない存在から、好きなのか嫌いなのかわからないものを与えられて、来る日も来る日もただそれを消費している。毎日がルーティンワークで、人とのコミュニケーションすらもルーティンワークで、周りが違う事を話しているだけで自分はほぼ同じことしか言っていない。ただ相槌を打つだけ。意見なんて何もないから、赤べこのように首を縦に振り続けるイエスマンでしかない。
いつからこんな人間になったのだろう。心当たりはぼんやりとあるようでなんとなくモヤモヤするのに、どんなに記憶を辿ってもはっきりとした形は見えてこない。7歳以降の記憶はかなり鮮明に覚えているつもりなのに。自分のポンコツな脳みそが原因となった出来事だけ覚えていないのか、それともこれまでの人生全てだということなのか。
いつからか続く寝起きのままのような頭の回転の鈍さ、霧の中を歩いているかのような覚束なさ、マスクを何重にもつけたような息苦しさ。鉛のように重い身体だけれどまだ動くから、朝起きて、学校に行って、帰ってきて寝る生活を繰り返している。それでも不思議なことに成績は良いのだから妙なものだ。この鈍い頭で模試の校内順位一桁を取れているのはおかしいし、この重い身体で体力測定でA判定が出ているのもおかしい。まるで都合の良い夢の中を生きているようだ。
自分は机の上の紙を見た。進路希望調査票と慇懃無礼な明朝体で書いてある。その右下には太字のゴシック体で締め切り日が書かれていて、それは明日に迫っている。1週間前から机に出しっぱなしの紙は、未だ学年と出席番号と名前しか埋まっていない。どうせ前回と同様に、明日の朝になって切羽詰まって、とりあえず県内の国公立大学の名前と、適当な私立大学の名前を埋めるのだろう。学部は、昔から親に勧められる通りに法学部と書くのだろう。そして、毎度のように担任から「お前なら大丈夫」と言われるのだろう。そして自分はただ頷く。ほら、ルーティンワークの完成。昨日と変わらぬ優等生の出来上がり。
机の引き出しから自分はボールペンを取り出す。明日になったところでどうせ書くことは変わらないのだから、今日のうちに埋めてしまおう。毎度同じことを書くものだから、今や何も参照せずとも全ての欄を正確に埋めることができる。自分の本心はよくわからないが、かといってこの紙に書いた大学のどこに行っても相応に学を修めて、そこそこの社会人にはなれるだろう。その点だけ、何の根拠もないが自信がある。結局自分は道を外れられない。優等生以外にはなり得ない。惰性でルーティンワークを繰り返して、死へと向かっていくのだ。無味単調な人生。今の自分は、もうそれでいいと思っている。
ただ、時々こうなる前の自分を知りたいと思う。自分が思い出せない7歳までの、小学校に入る前の自分を知りたいと思う。だからといって親に聞いたところで、ちゃんとした答えが返ってくるかは怪しい。10年以上も前のことだ、美化しているに違いない。優等生の自分が再生産されるだけに違いない。
だとしたら、聞ける相手は神様だけだ。「七つまでは神のうち」というのだから、神様ならちゃんと知っているだろう。夢にでも出てきて教えてくれないだろうか。
神様だけが知っている、あの頃の自分を。
7/4/2023, 4:15:41 PM