鐘の音
その街の小高い丘に教会はあった、鐘を打つ女を見ると呪われると実しやかな噂がその街にはあった。その女は生後間もない頃教会の前に置き去りにされていた、見ると酷く哀しい顔をしていて笑うことも泣くことも出来ず顔の無い表情の無い顔には赤黒い月のような痣が顔半分から首筋に走っていた。通りを行く子供がその子の顔を見ては泣いたり石を投げたりした。みんな違ってそれが良いという御婦人に限って、そのみんなと少し違う容貌の少女をイライラした目で見つめた、そして自分の子供に近づけないようにし、「有り得ないよねあんな人、怖いわ」と言いふらし、教会の前に相応しくないとイライラをぶつけた。憐れんだ司祭が少女を、ひきとり教会の奥一番高いところにある鐘の側に少女を匿うように住まわせた。その日から少女は教会の鐘打ち女になりマントを被り街に時間を知らせる鐘を打つようになった。教会の奥の一番高いところから、何時も独り下界を眺めて、夜は青白く輝き姿を変える月に其々に名前をつけて見上げては溜息をつくように語り、窓の外に飾られている3体の像と遊びに来る小鳥だけが彼女の心を癒す友達であったのでした。
そんな彼女も、少女期を過ぎ毎日鐘をつきながら外の世界に憧れを募らせた。彼女は独りこの部屋で沢山の本を読み司祭の元勉強をしとても聡明で信心深く慈悲深い人に成長していた。だからこそ、司祭は彼女が外に出ることに良い返事をしなかった。
一年に一度の祭りの日彼女は独り意を決して外に出た。
外ではジプシーの女が踊りを踊っていた。
とても妖しくて美しくそして躍動感伝わる激しいリズムに負けることのないジプシーのステップと眼差しにマントを頭からスッポリ被った彼女は魅了され、自然に体がリズムをとっていた。ジプシーが彼女の元に歩み寄り手招きした彼女は戸惑ったが、ジプシーに誘われるままジプシーの手を取りステップを真似リズムに合わせて踊りだした。なんという弾けるような開放感であろうか、彼女は楽しくなって天を見上げた、その時顔をスッポリ隠していたマントのフードが取れた、ハッと思ったがジプシーは彼女のフードをさらに下げる、そしてもっと堂々と踊れと彼女に言った、持っているものを曝け出し堂々と踊れとジプシーは彼女を挑発した。
彼女はマントを剥ぎ取り、ジプシーと共に踊った激しく大地を蹴って踊った…遠巻きに見ていた群衆がはじめは二人の踊りに熱狂していたが誰かれとなく、鐘つき女の彼女の顔があらわになっていることに気づいて熱狂は怒号に変わった。中には石を投げる者もあらわれた。
気づいた司祭が鐘つき女の手を無理矢理引いて舞台から降ろしジプシーから遠ざけ、教会に連れ帰った、司祭は「こんなことになるからお前を人目に晒したくなかったのだ!」と激しく叱責し彼女をまた鐘のそばの教会の一番奥の一番高いところに閉じ込めたのだ、なんと慈愛に満ちた優しい司祭であろうか、司祭は自分だけが彼女の理解者で自分だけが彼女を人々の好機の目から守れると信じていた、そうして自分の慈悲の元でしか生きられない彼女を見ることで、その承認欲求を満たしていたのだ。
聡明な彼女はそのことを見破り自由に憧れ、マントを剥ぎ取ったジプシーにシンパシーを感じた、けれど小鳥が運んできた街の噂話では、ジプシーは人心を惑わせた魔女であるとして追われていると知ったのである。それでもジプシーは堂々とし、「私には恥ずべきことは何もない!」と言い、「私はジプシーだ踊りたい時に踊りたい人と踊りたい曲で私は踊る」と言い放って囚われたのであった。
鐘つき女は、泣き崩れ
ついに立ち上がる、司祭を突き放しジプシーの元に走った。
やっとジプシーの前に走り出た彼女は言った
「私は、もう自分を怖がらない自分の生い立ちを怖がらない自分の姿を怖がらない!私はわたし」
ジプシーは鐘つき女を指差し笑っていた
鐘つき女も笑っていた
最後に笑う人になれ!
令和6年8月5日
心幸
8/5/2024, 11:57:28 AM