(……もっと、綺麗な色だったらな…。)
小学校の手洗い場の鏡を見て、少女はそんなことを思う。彼女の髪の臙脂色は十分 綺麗な色ではあるが、それでも図工の教科書で見つけた"綺麗な色"への憧れは、彼女に色眼鏡をかけさせるのだ。
そんな少女の思念を、鏡の中の世界に棲むカゲが取り込んだ。
カゲは少女の姿をとり、ニセモノの少女となった。声も思考も振る舞いも、全て少女と瓜二つ。
ただ唯一、その髪だけは、少女とは異なる色であった。
「センパイの髪って綺麗っすよねー。ちょっと羨ましいかも…」
「あら、そう…?貴方の茶色の髪だって、十分綺麗だと思うわよ…?」
「ふは、ありがとうございます。どーも隣の花は赤く見えちゃうもんで」
高校からの帰宅路。すっかり成長した少女は、後輩と楽しげに話しながら歩いていく。路側帯の際を自転車が颯爽と通り過ぎると、その風に乗って彼女の薄紫色の髪がなびいた。
壊されかけた廃校の、忘れられた鏡の中の世界。
ボロボロとなってしまった内装を、鏡越しに覗く存在がひとつ。それは小学生くらいの大きさの、臙脂色の髪を持つカゲだった。
(『向コウ岸』―ホンモノになったニセモノと、ニセモノにされたホンモノ―)
11/3/2024, 12:01:02 PM