はろ

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「誰かしら?」

アリサがそう囁いて、控えめに私の制服のスカートをひっぱる。彼女のアーモンド型のきょろりと大きな瞳は見開かれ、私の肩越しに遠くの方を凝視している。思わず私が振り返ろうとすると、アリサはまるで叱るような口調で『駄目』と呟いた。

「振り返っちゃ駄目よ」
「……どうして?」

いつの間にか、アリサは私の手をしっかりと握っている。どこか心細そうに体を寄せながら、しかしそんな仕草とは不釣り合いないたずらっぽい表情をして、「危ないかもしれないでしょ」と言う。
 危ない?何が?
 そう聞こうと思って、しかしすぐに諦める。アリサの榛色の瞳にうかぶキラキラした愉快げな気配が、彼女が聞いても答えてくれないだろうことを教えてくれたからだ。だから私は彼女のその瞳をしっかりと見つめ返しながら、別のことを聞く。

「一体どんな人がいるの?」
「ふふ、あのね……黒く縮れた長い髪の、鷲鼻をした意地悪そうなお婆さんよ。群青色のお着物を着ていて、帯は真っ黒で、美しい金糸の刺繍が入っているの……なんの刺繍だと思う?」

ふっくらとした唇を笑みの形にしながら、楽しげに言うアリサの手のひらは――どうしてか、震えている。なんと答えれば、彼女を安心させられるのだろう。私はそっと手を持ち上げてアリサの栗色の髪を撫でながら、悩みに悩む。私なんかの中に、その正確な答えなんかないような気がしながら――やがて、やっとこう答えた。

「カラスかな」

するとアリサの瞳の光が一瞬強くなる。彼女はとたんに不機嫌そうに目を眇め、頬を膨らませた。

「違うわよ、そんなわけないでしょ。やり直し」

間違いだったらしい。私は不機嫌なアリサを宥めるように撫でていた彼女の小さな頭を胸元に引き寄せながら、もう一度考える。私の背後にいるのかもしれない縮れ毛の意地悪そうなお婆さんの着物の帯に最もふさわしい刺繍は何なのか。最もアリサの胸を安らがせる答えは何なのかについて。

3/3/2025, 8:28:09 AM