いろ

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【嵐が来ようとも】

 永遠の楽園というものを、果たして人々は信じるだろうか。季節が巡ろうとも変わらずに春の花々の美しく咲き誇る一面の花園を目前に、僕は小さく息を吐いた。
 こうして楽園は実在するというのに、それを世間で口にすれば僕は頭のおかしい異端者として爪弾きにされるのだろう。あまりの馬鹿馬鹿しさに乾いた笑いが込み上げてくる。
「いきなり来たと思ったら突然笑い出すとか、さすがに怖いんですけど。不審者として通報しますよ?」
「通報先がどこにもないでしょ。君の声を聞いて君と言葉を交わせる人間なんて、ほとんどいないんだから」
 いつのまにか目の前に立っていた小柄な人影の辛辣なセリフに、こちらも嘲るような口調でわざと告げる。軽快な口論はいつものこと、出会い頭の軽いジャブだ。
 この世ならざる美しさをもつ、男とも女ともわからぬ神秘的で不可思議な子供。この楽園の管理者にして支配者。君と話すことができるのは、楽園の存在を心から信じているものだけだ。――信じないものは認識できず、存在しないことになる。それが人間の脳の限界なのだから。
「で、今日はどうしたんです? こんな時間にくるなんて珍しい。お仕事はサボりですか?」
 少しだけ君の声が真剣さを帯びる。案じてくれているのがわかるから、下にあるその頭を軽く撫でた。
「んー。なんか今日、外は大嵐なんだよね。仕事どころか生命の危機レベルの」
 いったい何人が川の氾濫や家屋の倒壊に巻き込まれて命を落とすのか。それを考えるとひどく憂鬱だった。
「ええ、まさかここを避難所がわりにしたんです? 長い経験の中で初めてですよ、そんな不遜な人間」
「お褒めに預かり光栄だよ」
 じとっとした君の視線を、軽やかに微笑んで受け流した。たとえ嵐が来ようとも、この楽園の光景は何一つ変わらない。外界の全てから隔絶されたこの場所にいる限り、僕の身の安全は保証される。
(教えてあげても、誰も信じないんだろうけど)
 だから薄情な僕は、この場所の存在を誰にも明かさない。一人だけ安全な場所で嵐をやり過ごす。君との軽妙な会話を楽しみながら。
 荒れ狂う嵐など感じさせない、花々に満たされた永遠の楽園で、僕は穏やかな時間に身を委ねた。

7/29/2023, 10:31:42 PM