一森くま

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「悲しみに暮れるな 人生は短いぞ」
 

息の出来ない海の底で
年老いた声が聴こえた。

苦しくて、口を開けるたびに海の塩水が入り込んできた。
残響を感じながら、確実に死が迫っているのを感じた。


「悲しみに暮れるな 人生は短いぞ」


朦朧としていく意識の中で
何者かが海に呟いたこの言葉を思い出していた。


僕にも、曲がりなりにも人生があった。
生んでくれた母が居たし
父との思い出だってある。
僕は確かに人生をやったんだろう。



ただ、残せたか?
なにかを。
意義はあったのか?
この人生の中で。


悲しみに暮れるな、と
ひとりぼっちで死にゆく海の中で今更言われても。

後悔ばかりが浮かんでは消えていった。

マッチをするように
最後の、最後の後悔を悔やみ終わった瞬間に
真っ白くなった。

ついに死んだのだと思った。


…目が覚めると、 




と期待したけれど
そこには何もなかった。


悲しみも人生も
あの海の中に置いてきてしまったんだ。


今は行き止まりになっている壁の前で
ただ、何者かになって
今度はずっと立っている。



7/10/2024, 3:46:39 PM