白眼野 りゅー

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「はーい、今書いてる絵は今月末までに仕上げてくださーい。終わらない人は宿題にしますからねー」

 先生がぱんと手を叩き、言う。僕の筆は動かない。授業が始まったときからずっと、動いていない。

 美術の課題。テーマは、「夢」。


【秘めたる夢を描け】


「ちょっとちょっと、画用紙真っ白じゃん。そんな調子で終わるの?」
「そう言う君は順調そうだね……」

 隣の席から、君が僕の画用紙を覗き込む。僕も仕返しとばかり、君の画用紙を覗き込んだ。そこには……なんかこう、黒い……なんだろう、とにかく画用紙は埋まっていた。美術の授業で彼女の筆が僕より早く進むのは、珍しいことだ。

「何を描くか決まらないの?」
「んー、まあ……」
「将来の夢とか、ないの?」
「んー……」

 ないことはない。というか、ある。

「あるなら、普通にそれを描けばいいじゃん」
「いや……」
「描くのが難しいものなの?」
「まあ……」

 歯切れ悪く、君の質問に答える。

「君の画力で描けないものなんてあるの?」
「画力の問題じゃなくて……」
「どういうこと?」

 もごついている僕についに痺れを切らしたのか、君がやや不機嫌そうに眉根を寄せる。観念して、僕は白状した。

「君の……旦那さん」
「……」
「さすがに、描けないでしょ……?」

 交際を隠しているから、いや隠していなかったとしても、そんな大胆な真似はできない。描いた絵は廊下にでも貼り出されるのだろうし、場合によっては来校した父母も目にする。

「……どういうこと? 私の顔って、そんなに複雑?」
「…………へ?」
「あ、それとも、どれだけ画力があっても私の美しさは再現できないみたいな話? 君が私のことを大好きなのは知ってるけど、さすがにそれは買いかぶりすぎだよ」
「いや、えっと……」
「というか、それなら私と夢同じじゃん。私にも描けるんだから君も大丈夫だよ」

 君が何を言っているのか僕にはいまいちわからなかったが、君が僕と同じ未来を思い描いてくれていることと、君と僕が並んでいるところを画用紙に描き出していることは理解できた。……というか、今判明した。

「……君は、その絵がきっかけで僕らの関係がバレてもいいの?」
「うーん……というか、バレても問題ない、むしろ一緒にいるのが当たり前って関係になるのが夢、かな」
「……」

 何も言い返せなかった。そうなったらいいな、と僕も思った。クラスメイトたちが仲のいい男女ってだけで冷やかしたりしないくらい大人になったら、あるいは、僕に当然のような顔をして君の隣を陣取る勇気が持てたら。

「それか、どうしても描けないなら夜に見る方の夢にしたら? 多分そっちでもいいと思うけど」
「……困ったことに、そっちも同じなんだよな」

 勇気がほしい。話している間に、当面の夢が決まった。抽象的すぎて絵にするのは難しそうだけど、まあ画力で何とかするさ。

 君が今描いている絵がきっかけで、僕らの関係が周囲に知られてしまうかもしれない。でも、それはそれでいいと思った。いいと思える僕でいたかった。この絵が描き上がる頃には、そんな僕でいられたら。

 ――結局、君の驚くほど下手……独創的な画力のおかげで、その絵の中の二人が僕と君だとバレることはなかった。

5/9/2025, 1:06:44 PM