与太ガラス

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 駅前でトシヤが来るのを待っている。この時間はいつも緊張して手に汗をかいてしまう。今日の服装、変じゃないかな。

「ナナコ! ごめん、待たせちゃった?」

 トシヤが小走りでやってきた。

「ううん、私が少し早かっただけ。まだ待ち合わせの5分前だよ」

「あ、今日の服、かわいいね」

「あ、あありがとう。この前友達と選んだんだー」

 良かった。かわいいって言ってもらえた。これだけで少し心が軽くなる。

 調子に乗って右足を前に出して踵を立てて、ちょっと首を傾げて「ジャーン!」のポーズを取る。

「うん、そのポーズもかわいい。サマになってる」

 よし。

「あとバッグに付いてるアクキー? そのキャラもかわいいね。それからブーツもおしゃれでかわいい。今日の服に合ってる」

「ふふ、ありがと」

 トシヤはなんでもかわいいと言う。私が身に付けているものを見つけては、いいところを探してほめるのだ。

「トシヤも今日の髪型、キマってるよ!」

「はは、そうかな」

 私がほめても、トシヤはそんなに嬉しくなさそうだ。

 トシヤと私は幼馴染の腐れ縁で、まあこうやって二人でお出かけするわけだし? お互い興味がないわけじゃないんだろうな、と思いながら高校生になってしまった。

 でもトシヤは、私のことをかわいいとは言ってくれない。服やバッグをほめてくれるけど、私の顔や姿、仕草なんかをほめることはない。

 しょーじき、もどかしい。

 もしかしたらただの「かわいいもの好き」で、私には興味ないのかも? ということで、次に会うときにカマをかけてみることにした。

「あれ? そのストラップなに?」

 来たぞ、新しいものは目ざとく見つけるトシヤアイ。

「ああこれ? 昌子ストラップ。スマホ画面から昌子が飛び出してくるあの映画のやつ」

 おどろおどろしい姿の昌子が3Dで飛び出している。角度を変えると、ほら、左は目がなくて右は耳がない。

「どう?」

 これもかわいいと言えるか!?

「へ、へぇ、そういう趣味あるんだ」

 あ、引いてる。ちゃんと引いてる。なんでもかわいいって言うわけじゃないのはわかったけど、これは引いてるな。まずいな。

「じゃあ、お茶しに行こっか! ほら、デイクラ行こ」

 気を取り直して私たちはカフェに入った。

 私がコーヒーカップを両手で持ってふわふわカプチーノを啜っていると、トシヤはつぶやいた。

「ミルクのひげ、かわいいな」

 またかわいい爆弾を投下してきた。しかもミルクのひげって。私はいよいよ我慢できなくなって、思わず本音を漏らしてしまった。

「トシヤってさぁ、私のことどう思ってるの?」

 しばしの沈黙。ここまできたらもうちょっと突くか。

「いつも私の服とか食べてる物とかほめるけど、私については何にも言ったことないよね。結局ただの幼馴染だから? 私には興味ないの?」

 ここまで言って出てこなかったらもうダメだ。トシヤの困ったような顔が、真剣な表情に変わった。

「オレはずっと、ナナコのこと、かわいいと思ってるよ」

「え?」

「ほめられて笑う表情も、首を傾げてこっちをみる仕草も、待ち合わせにちょっと早く来てそわそわ待ってる姿も、全部かわいいに決まってるだろ」

 やだ恥ずかしい。顔が赤くなるのがわかる。ドキドキが止まらない。

「でも今の時代、その、顔がかわいいとか、スタイルがいいとか言ったら、その、逆に失礼というか、炎上したり、品性を疑われたりするって言うし、ほめるとしたら服のセンスがいいとか、身に付けてるものがオシャレとか、そういう言い方しかできないと思ったから。ずっと、ずっとナナコがかわいいって言えなかった」

 それって、つまりそれって……

「アンチルッキズムの弊害だ!」

 それから私たちは、なんでもほめ合う仲睦まじいカップルになったのだった。……それってなんか、ただのバカップルみたいだ。

2/28/2025, 1:17:19 AM