すゞめ

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「ねえ。最近の私のマイブームってなんだと思う?」
「風呂じゃないですか。気温が下がってきたのもあって、入浴時間7分くらい延びてますし」

 リビングでスポーツ雑誌をめくっている途中、唐突ともいえる彼女の問いに俺は即答した。

「あ。風邪引かないように気をつけてくださいよ?」
「んー」

 珍しく携帯電話から視線を離さないまま、彼女は生返事をする。

「じゃあ次ね。私の好きな食べ物」
「和食でしょう? 外食するときほぼ魚料理です」
「ありがとう。好きな色は?」
「紫、もしくは白、黒あたりですかね?」
「趣味」
「読書」
「好きな四字熟語」
「百花繚乱、一攫千金」
「好きな数字」
「1」
「休日の過ごし方」
「日光浴、もしくは俺とのデートですね♡」
「初恋っていつ?」
「え?」
「ん?」

 テンポよく矢継ぎ早に問われる質問に反射的に答えてきたが、ここで我にかえる。

「あなたの初恋は3歳で、お相手は青い猫型ロボットのお友だちのロシアのヤツ……って、聞いています、けど……」
「ふーん。そうなんだ」
「つーか、俺。さっきからなにを聞かれてるんですか?」

 普段、俺との会話をするときは触らない携帯電話。
 今日は珍しくその画面を見つめたまま、彼女はヘラっと口元を緩めた。

「んー? だって私のことはれーじくんのほうがよく知ってるじゃん」
「それはそうでしょうけど」

 彼女は好きなことや嫌なことに対して、感覚的に取捨していた。
 即答できることはあるのだろうが、いざ意識すると手が止まってしまったのだろう。

「いや、そうではなく。質問の意図がわからないと言ってます」
「あぁ。一問一答アスリートアンケート」
「は?」
「パーソナルデータは答えられるけど、こういうのはよくわかんなくて困ってた」

 パーソナルデータと聞き、少し嫌な予感がする。
 なんでもかんでもためらいなく答えてしまうのだ。

「……体重とかスリーサイズとか律儀に答えてないでしょうね?」
「スリーサイズは質問にないから書いてないけど、体重は答えたよ」
「体重はリンゴ3個分と書き直してください」
「なにその芳しい答え」

 訝しむ彼女だが、彼女の競技で体重なんか律儀に書いたところで触れられることはないだろう。
 体脂肪ならまだしも、適正体重なんて人それぞれだ。

「ヒミツ♡ と書くよりかは目立つので取りあげてくれるんじゃないですか?」
「なるほど……?」

 押しの弱い彼女が、深掘りされてアドリブに対応できるかはともかく。
 大コケしても編集でなんとかしてくれるはずだ。

「あと、好きな色はユニフォームの色に揃えて、四字熟語は謹厳実直に修正しておいたほうが優等生っぽくなるんじゃないですか?」
「……確かに?」
「あと、休日の過ごし方は趣味と同様に。初恋は無難にパパに変更しておきましょうか」
「全部差し変わるじゃん」
「マイブームは我慢してます。使っているシャンプーとか入浴剤くらいは答えられるようにしておいてください」

 彼女のかわいさが不必要に世に出回るとか、冗談ではない。
 それっぽい理由を並べ立ててみれば、彼女は素直に携帯電話でポチポチと回答を修正した。

 本当に愛らしい。

 しばらくして、彼女は携帯電話をローテーブルに置き、充電ケーブルを差した。

「終わったんですか?」
「うん。明日、誤字がないか確認して送信する」
「配信日、決まったら教えてくださいね」
「うん」

 隣に座れば、彼女は俺の腕にグリグリと額をつけて猫みたいに甘えてくる。
 俺も彼女を抱きしめて応えた。

「では次は俺の質問に答えてもらいましょうか」

 トントンと背中をさすると、無防備に彼女が顔を上げる。

「え? なに?」
「俺のこと、好きですか?」
「んっ!?」

 目を丸くさせたあと、その瑠璃色の瞳はすぐに潤み、逸らされた。
 そして、掴んでいた俺の服のシワが深くなる。

「す、好き……だよ?」
「そんな照れなくても」

 ちょっと気持ちの確認程度のつもりで聞いただけなのに、こんなにも顔を真っ赤にさせるとは思わなかった。

「もう1回、お願いできませんか?」
「それ、質問じゃなくない!?」
「ん?」
「……好き、だってば」

 伏せた睫毛をふるふると震わせ、か細く答えた彼女の顎をすくう。
 頼りない息を溢した彼女の目元を撫でた。

「ふふ。今度はこっち見て言ってみましょうか」
「ねえっ!?」

 本格的に恥ずかしがった彼女が力任せに距離を取ろうとする。
 逃すつもりのない俺はもちろん応戦した。
 ついでに彼女ががんばってくれるならと、ご褒美もぶら下げる。

「言ってくれたらチュウしてあげますから、ね? お願いします♡」

 彼女の思考と体がピタリと硬直しておとなしくなった。
 マジマジと俺を見つめたあと、ぷくぷくと頬を膨らませる。

「……それ、自分がしたいだけでしょ」
「イヤなら言わなければいいじゃないですか」

 どうせことあと、ベッドでドロドロに甘やかすのだ。
 正直、どちらでもいい。
 しかし彼女はこのあとのことは頭からすっぽりと抜け落ちてしまったらしい。
 少しずつ熱を宿していく彼女の瞳は、焦ったいほどゆっくりと俺を捉えた。

「……」

 吐息のみでほとんど掠れてしまったその言葉は、弱々しくも俺に届けられる。
 羞恥に震えた薄い桜色の唇を、指でなぞった。


『終わらない問い』

10/27/2025, 8:07:56 AM