“アンジュ・P・リニョラ(あんじゅ・ぽぜ・りにょら)”は更生可能な人物として鳳団に保護された
最初こそは獲麟衆の一員なのだからと極刑を望む声が多く飛び交ったが彼の行動に民間人の死は絡んでいないと判断されたが故の処置だ
鳳団も“正しさとは何か”を日々模索している
模索している中で
民間人に危害を加える組織の一員にも更生が可能な者が居る事を
更生可能な者に対しては相応の判断や処置を選ぶ事を
“どんな犯罪者でも更生が可能ならば鳳団は協力を惜しまない”と示す行為は民間人に向けての
いや、民間人のみならぬ犯罪者に向けての1つの選択肢の提示となる
道を外れたら誰しもが救えないのだろうか
否
道を外したとしても積み重ねたものを公正に判断し救ってくれる存在がある
例え個々人の心根では反対の意を持ったとしても“鳳団として”示す事に意味があるのだ
結果としてアンジュは生かされる結果になった
鳳団管轄の更生施設で獲麟衆とは無関係の犯罪者や犯罪者予備軍と呼ばれる者と共に授業を受ける
基礎的な知識や学問を中心とした意識改革の授業だ
そして成績や授業態度を見てから慈善活動に手を出させたりもする
犯罪なんて犯さなくても生きていける事を教えていく
アンジュは最初こそ授業内容が分からずに四苦八苦していたが同じく捕らえられた“天堂 桃華(てんどう ももか)”に教えて貰いながら着々と知識を覚えた
桃華はアンジュがモナ・イリオスに捕まって意識を失った後に投降したと聞く
その真意は未だに分からない
最初こそは元獲麟衆同士として席を離されたりと物理的距離を保たれていた2人だが
アンジュがとある日に更生施設内の通路で倒れた事をきっかけに常時では無いにしろ交流が認められた
アンジュが倒れた理由は心理的ストレスが原因と言われている
『…桃華さん…』
『どうした、アンジュ』
『皆…死んじゃったの…?』
『……逃げきれた者も居る』
『でも…梵さんや…御影さんとか…死んじゃったの?』
『………………』
誰に教えてもらったのかは分からない
獲麟衆に対して恨み辛みを持った団員の言葉で知ってしまったのだろう
わざわざ誰が死んで誰が生きて…なんて情報をくれる存在は少ない
アンジュのように“誰かの死”に苦しんでしまう人には特に情報が来ないはずだった
その分深く傷付いたのかもしれない
守れなかったと子供のように泣いて過呼吸を起こして苦しむアンジュを桃華は静かに抱き締めた
アンジュの行動で救われた獲麟衆の人間が居たかは分からない
分からないからこそ桃華は上手く言葉を紡げなかった
アンジュは“誰かの死”や“独りという状況”に更に恐怖を覚えるようになった
信頼出来ると判断するまで誰にも笑顔を見せなくなった
元のアンジュと比べれば別人に見えてしまうくらいに表情は暗くなっただろう
言葉遣いは丁寧になったが何処か素っ気なさを与えるようになった
《アンジュ・P・リニョラ 更生完了》
そう書かれた書類と共に一般団員の隊服が配られた
黒い生地に黄色のラインが入ったものだ
アンジュは二番班管轄の支部で働く事を命じられた
班直属で動くにしては優し過ぎるのに見合う知識が少ない事
能力を持たないからこそ何かしらあっても支部内で制圧できる事
その理由も相まってモナ・イリオスが支部長を務める支部に配属された
モナ・イリオスはソレを聞いて不快感を覚えたが上の判断として受け入れたらしい
『アンジュ・P・リニョラ。私は貴方の存在を受け入れられる程、寛大な心を持っていません。私達の関係はあくまで上が判断したものであり、そこに“私個人”の温情は1mmも無い事を自覚した上で鳳団に貢献出来るよう勤しみなさい。』
鍛えてるアンジュよりも厚い体や太い腕
更には男性顔負けの高身長
モナ・イリオスが目線を合わせる事無く上から見下ろし発した言葉は優しさの欠片も無かった
配属1日目は支部内の造りや不用意な立ち入りを禁じてる部屋についてを教わった
そこから1週間近くをかけ、モナ管轄の支部員の動き方についての説明をされたり訓練室で“悪”が現れた時の対応を教わった
配属されてから1週間後にようやく他支部員がこっそりコミュニケーションを取ってくれるようになった
『アンジュ、掃除できるか?』
『…出来ますよ。』
『そりゃぁ良かった』
そんな簡単なコミュニケーションをしてから掃除の仕方や物の配置や向きについて教えてくれる
モナ・イリオスについても教えてもらった
『アンジュにとっては良い人に見えないかもしれないけどさ』
『モナ支部長は拘りが強いだけで仲間には優しいんだ』
『訓練室で扱かれただろ?』
『アレも仲間が早々に事件に巻き込まれて命を落とさない為のものなんだ』
『だから俺達はモナ支部長の補佐しか出来ない』
『いや、ソレが嫌って訳じゃないんだよ』
『でもモナ支部長が前線を張ってるのに俺達は常に後ろで援護するだけ』
『“どんな事件”があっても俺達が誰1人欠けなかった理由だよな』
『自分の大切な人と隣で戦えないのは辛いけどさ』
『その大切な人が自分を思って物を教えたりしてるって考えると』
『悔しいよりも憧れや尊敬が勝っちまうんだよ』
『……な、アンジュ』
掃除をしながら何も喋らないアンジュの背中を支部員はポスッと優しく叩いた
アンジュが獲麟衆としてどのように動いてたかも知ってる
“悪”らしからぬ精神の持ち主だとも知ってる
支部員はモナ・イリオスの影からしっかりとアンジュを見ていた
アンジュが更生可能と判断された理由の一つが彼らからアンジュが
末端から見た“アンジュ・P・リニョラ”という人間についての言葉を上が丁寧に聞いたからでもある
大切な人の隣で堂々と戦える力を持ってなかったアンジュには深く響いた
無表情なのにポロポロと溢れた涙を笑いながら拭い“モナ支部長は怖いかもしれないけど全員怖い訳じゃないから”と“俺達はもう仲間なんだから”と笑顔で伝える支部員
大切な人の助けになれている彼らと大切な人を助けられなかったアンジュの差は苦しい程に感じ取れた
1人2人と支部員に話しかけられて細かなタイムスケジュールと共にちょっとした雑学を教えてもらった
美味しい紅茶の淹れ方とか
ちょっとしたサボり方とか
分かりやすい書類の書き方とか
使えるものから必要かどうか首を傾げるものまで教わった
仲間と呼べる程心は開けなかったけど
暖かな支部員に囲まれてるなとは思えた
『アンジュ・P・リニョラ。仕事です。』
支部長に呼ばれて部屋に行くと山積みになった書類とアンジュに一瞥もせず書類を捌くモナが居た
『〇〇銀行というのは知っていますね?』
『はい。』
『そこで銀行強盗が立て篭もっています。人質の数は凡そ20人前後です。』
『はい。』
『強盗は拳銃とナイフを所持しています。性別は男性で背格好は貴方より少し小柄ぐらいでしょう。』
『はい。』
『民間人が怯えない程度の武器を持ち“悪”に立ち向かいなさい。支部員は最低2人連れて行く事。』
『…何故オレに?』
『その疑問を解消する為に必要な時間と民間人の命、貴方はどちらを優先にしますか?』
モナの言葉に即座に部屋から出て行って武器庫に向かった
モナの斜め後ろで書類確認に追われていた支部員は一言聞いた
『初めての任務にしては少し厳しいのでは?』
『気持ちの切り替えが必要です。命というものを天秤に掛けてどちらが重要かを即座に判断出来る知識を磨く必要もあります。』
『…強盗1人と民間人20人近くの命ですか……。』
『はい、鳳団ならば民間人を選びます。もし彼が全ての命を平等に扱って“悪”を取り逃し民間人を無事に救う事が難しいのであれば今後鳳団として動かしていくのは厳しいでしょうね。』
モナにとっては更生済みと言われても“悪”は“悪”なのだ
アンジュが獲麟衆とは違う任務を前に上手くこなせるかどうか
ソレはアンジュの“切り替え”でもあり、モナの“切り替え”にも繋がる
察した支部員は少しばかり同情の気持ちを覚えた
モナ・イリオスもモナ・イリオスで
アンジュ・P・リニョラもアンジュ・Pリニョラで
今ある境遇というものに必死に喰らいついている
それだけは分かるから
『アンジュ、俺達はいつも通りやる。出来るのは援護だ。』
『そっすね〜。出入口や窓的にここら辺に居るんで頑張って。』
『……でも困った事があったらすぐに無線を使うんだぞ?大丈夫だ、すぐ助けに行く。後方支援特化でも動けない訳じゃないからな。』
最低2人と言われた為、必要最低限の支部員を導入
そして主に動くのはアンジュだ
支部員の2人はあくまで援護をするだけで強盗に対して何をするかはアンジュ次第
取り囲む警察を縫ってアンジュ1人で銀行に足を踏み入れた
『俺が要求したのは車だってのに警察様は人間を寄越しやがった』
イライラしてる強盗と目が合う
目出し帽のせいで顔全体の特徴は掴めないが左腕で人質の首を抑えながらナイフを突き立て、右手に拳銃
『か…鳳団のアンジュ・P・リニョラです。人質の解放と投降を求めます。』
『……おぉ!おぉ!その名前知ってるぞ!獲麟衆の一員の中で生かされた数少ないやつだろ!?ネットニュースで叩かれてたな!』
『…生憎ニュースは見ないもので。』
『悪やってたのに今では鳳団のわんちゃんか?3回回ってワンとでも言ってろよ』
『ソレで人質が解放されるならいくらでも?』
アンジュの言動一つ一つに怒りが募ったの拳銃を向ける手がブルブルと震える強盗
『いいか?俺はいつでもこの女を殺せる』
『…そうですね。』
『見てわかるだろ?鳳団様の名に傷を付ける訳にはいかない飼い犬共め…言葉に気をつけろよガk』
強盗が全てを言い終わらないうちにアンジュが動いた
まるで重力を無視したかのような跳躍でふわりと羽が触れるかのように強盗の肩に手を添える
人質の女性とナイフの隙間に足を入れてからナイフを掴む手を引き剥がすように足を絡めて上に持ち上げる
そして拳銃がこちらを向くと同時に肩に添えていた左手を強盗の手首に触れて捻る事で拳銃を手放させた
解放された人質が悲鳴をあげながら逃げる体勢に入り
ソレを確認してからナイフを持つ腕に絡めてた足を解いてナイフを蹴り飛ばす
後は跳躍の勢いと重力に身を任せながら肩から手を離し体を捻って背後に音もなく着地し
首元を掴んで自分の方に引き寄せ強盗のバランスを崩させ
武器庫から拝借した拘束具で手首を拘束した
『アンジュ・P・リニョラです、強盗は取り押さえました。民間人の救助を。』
会話を含めたとして5分も経ってないだろう
誰1人怪我をさせずに強盗を捕まえ人質を解放した
人質が解放されてくのを眺めながら強盗の喚き声を聞く
最後には“生きてて良かった”と小さく零して連行される強盗の背中を叩いた
強盗はその言葉を聞いてから喚くのをやめて小さく項垂れた
『俺らって必要だったんすか?』
『さぁな…でも…多分アンジュは間違ったよ』
援護をしようと遠目に見守っていた支部員2人は肩をすくめてやる事しか出来なかった
『アンジュ・P・リニョラ、一つ質問があります。』
『はい。』
任務が終わって報告書を纏めたモナがアンジュに声をかける
途中までは恐ろしいくらいに無言だったが急に口を開いた
『なぜ数ある武器の中から拘束具を選んだんですか?』
武器庫の中には銃やナイフは勿論、暗器に近いくらいに小型にされた武器が大量にあった
中には麻酔弾だってあったはずだ
だがアンジュは民間人の目に入らないであろう小型武器を始め麻酔弾も手に取らずに拘束具のみで武器を持つ強盗の元に向かった
“自分が死ぬ可能性”を考慮しない愚策といえば愚策だろう
『アレが1番“誰も傷つけない”道具と判断したからです。』
だがアンジュは素っ気なく答えた
さも当たり前のように強盗すらも傷付けないと名言している
『自分が死ぬ可能性や民間人が殺される可能性を考慮していないのは些か残念ですね。』
『誰も死にませんよ。』
『何故そう言い切れるのですか?』
『彼は怯えてたので。』
モナは途中までは目も合わせなかったがアンジュの言葉を聞いてペンの動きを止めた
『怯えていた?』
『はい。』
『怯えていたから攻撃してこないと?』
『攻撃はしてきます、ですが誰も殺せはしません。』
『殺せない理由になりません。』
『怯えていると殺すまでの判断が遅れます。殺さなくて済むような状況を無意識に求めます。だから制圧の方が早く終わるので誰かが死ぬ事は無いんです。』
言ってる事はめちゃくちゃだ
殺すまでの判断が遅れるだけであって殺される可能性は大いにある
殺さない、なんて相手の気分次第で大きく変わるのだから断言するのは間違いだ
だが僅かな判断の差で目の前の“アンジュ・P・リニョラ”は生き残ってる
アンジュは“殺せない人間”なだけであって“不殺”を前提に動けば誰よりも早い判断を下せる
そこに躊躇が無い
『アハハッ』
モナは笑ってしまった
あまりにもアンジュが“悪”と程遠い事をしたというのに
ソレを成した理由の根本にあるのは“悪”だからこそ培ってしまった勘と身体能力だ
『アンジュ・P・リニョラ、貴方の初任務は素晴らしい功績を残しました。』
モナは座っていた椅子から立ち上がりアンジュに歩み寄る
『23名の民間人を無事救助、犯罪者を傷1つ残さずに制圧…素晴らしいものです。ですが、鳳団は無謀に立ち向かうだけの組織ではありません。己の中にある知識や勅勘だけでは救えない生命も存在します。だから緊急任務でも周りと協力し“悪”を滅ぼす為に各々の力量や技術を用いて対抗するのです。一人で動けると判断したとしても万一の失敗が起きれば自信も言葉も勅勘も全て“愚者の慢心や戯言”で終わります。』
モナは気持ちの切り替えがとても苦手だ
それは支部員から沢山教わった
そんなモナが上から見下ろしてアンジュに問う
『ハンドサインも無線機も教えました。その上で報告も少なく個人で動いたのは誰も信用に足らないとでも?“悪”であった自覚が邪魔をしているんですか?』
その言葉にアンジュの嫌な気持ちがザワザワと掻き立てられた
悪という言葉が常に体に張り付いて剥がれない
大小問わず何か失敗する度に獲麟衆に繋げられたり悪に繋げられたりする
誰も表面上でしか理解してないのに都合良く繋げられるのならすぐに後ろ指を刺してくる
ジンジンと熱くなる背中を誤魔化すように自分の腕をギュッと握った
『多かれ少なかれ罪悪感は持ってるんですね。』
そして何かがパチンッと弾けた
背中が熱いを通り越して痛い
体を軽く丸めて必死に呼吸をする
涙がボロボロ溢れてくる
支給された服がビビッと音を立て始めた
モナはその様子を無言で眺める
背中の生地が破れて肩甲骨から純白の翼がバサッと広がった
途端に痛みはグッと楽になり翼が動く
重力に逆らうように足が浮かんでモナを見下ろし頬に優しく手を添えて自分と目を合わさせてやる
見下ろしていた視線を見上げさせてやる
黒い瞳孔が開いてるモナに吐き捨てるように言葉を放った
『あぁ、分かったよ…』
『オレはお前らを信用してない、信用出来ない“悪”だ…』
『オマエの“不変”とやらを体現してやるよ…』
『大切な人達に何も出来ずに…』
『その人達の為に死ぬ事も出来ずに!』
『そんな役たたずの癖に罪悪感だけ一丁前に持ってる“悪”であってやるよ!!』
『テメェの好きに“悪”“悪”呼べよ怪力不変女ァ!!』
アンジュの号哭が支部長室に響き廊下にまで漏れる
ソレを聞いた支部員は急いで支部長室に向かってはアンジュの下半身を掴んで無理やりモナから引き剥がした
『アンジュ!落ち着け!』
『モナ支部長!連れて行きます!』
『“不変”に戻せ!出来る範囲で!早く!』
アンジュがバタバタと支部長室から連れ出される中1人の支部員だけがモナの近くに残り1枚の白い羽を1枚手に取った
部屋には白い羽が散らばり翼が当たったのか花瓶が倒れて床で割れている
『モナ支部長……』
『報告書を纏めます。』
『む、無理をなさらず…』
『いえ、これは迅速な報告が必要です。報告書が纏まり次第、二番班台頭の元に向かいますので二次手への連絡をお願いします。』
モナ・イリオスは変化が大の苦手だ
目の前で変化していく人間を直視したからか表情も動きもぎこちなく
体調を崩してるのが見てわかる
そんな中でも仕事は仕事だ
“アンジュ・P・リニョラ”の初任務についての報告書よりも先に“後天性能力の発現”についてを報告する為に動く
能力次第では支部から引き抜きの可能性も有り
極刑しなければいけない対象にもなるからだ
アンジュの能力は不透明な点が多々見られた
白い翼が生えて空を飛ぶ事が可能
羽を1枚手に持ってアンジュが握ると緑や青の光がふわりと輝き、その羽を相手に渡す事で“治癒”や“防御力の向上”を他者に与えられた
防御力の向上も出来るのならば攻撃力の向上も出来るのでは…と言われていたがアンジュは首を横に振った
能力を持つ者はなんとなく使い方が分かると言われてるがアンジュは“分からない”を貫き通した
当人が見せる気も語る気も無いならそれ以上出来ないのがむず痒いところだ
だからこそ天堂 桃華とあえて会わせる判断が降りた
もしかしたら元獲麟衆という理由で他にも能力詳細が出るかもしれなかったからだ
桃華には特別命令を出さずに盗聴器を気付かれないように隊服に装着
そして面会という流れになった
『桃華さん!』
『…あ……アンジュ?』
顔を明るくしてふわっと寄るアンジュを見て桃華は戸惑いを見せた
ふわふわで触り心地の良さそうな翼を広げて桃華の前に降りたっていつも通りのハグをする
『アンジュ…それ……。』
『後天性能力だって!なんか色々出来るようになった!』
笑顔でキャッキャと語るアンジュの翼を恐る恐る桃華は触れる
柔らかくて温かくて…作り物じゃなくてきちんとアンジュから生えてるものなのだと即座に分かる
『……ホントはもっと早く欲しかった。』
アンジュが少し切なげに言いながら翼を畳む
桃華にとってその言葉の真意は理解出来た
もう少し早く能力が発現してたら仲間を救えたかもしれない
そんな今更どうにも出来ない後悔が感じ取れた
『守れたりとか…治せたりとか…』
『皆をサポートできたりとか…』
『多分できてた…』
『できてたと思う……。』
アンジュがぽつりぽつりと言葉を零して俯いた
『大丈夫だ、アンジュの能力はきっと誰かの為になる。だから…。』
『……皆の幸せになりたかった…。』
誰かのじゃなくて
皆の幸せになりたかった
幸せにしたかった
頑張りたかった
出来なかった
間に合わなかった
全て過去形だ
桃華はアンジュに深く何も言わなかった
言えなかったのかもしれない
後悔に押し潰されそうな自分より5歳幼い青年を慰める為に必要な言葉を即座に見つけられる程の語彙力が高くない
神様はタイミングなんて見てくれない
神様は平等に与えてはくれない
神様は……
心優しき天使を救ってはくれない
アンジュの首には特注のチョーカーが付けられた
スイッチを押す事で電流が流れる仕組みだ
距離を離されすぎたら意味が無くなるが常に監視していれば何かしらあっても対応出来る
気持ち慰め程度の対策
実際にこのチョーカーは役に立った
ある日アンジュが急に翼を用いて高く飛んでいたのだ
それこそ鳳団の支部から真上に高く高く
支部員が戸惑う中、即座にモナ・イリオスがスイッチを押して墜落させた為大事にはならなかった
アンジュが遠くまで飛ぼうとした理由はあまりにも意味が分からないものだった
“天国に行けば皆に会えると思った”
物理的に天国に行くなんて無理だと誰しもが理解してる
それなのに天国は空よりもうんと高い所にあると更生授業で聞いたのを覚えていて飛んだのだ
空よりも高く飛ぼうとしてたのだ
聞いた支部員は何も言えなかった
『“悪”は天国に行けません。』
唯一口を開いたのはモナだ
『“悪”は皆等しく地獄に行きます。天国は善行を続けた人間が行ける場所であり、“悪”が行ける事はありません。地獄で想像も出来ない苦しみを何度も味わい己の悪行全ての報いを受けます。』
それだけ言ってからアンジュに手を差し伸べる事無く背を向ける
『今度は地面でも掘ってみるんですね。』
そう吐き捨てていつもの業務に戻る
支部員はアンジュに手を差し伸べて肩を貸した
中には頭を撫でたり腰をポンッと優しく叩く者もいた
涙を流すアンジュを静かに部屋に運んで休ませた
アンジュの翼には拘束具を付ける事が義務付けられた
『アンジュ…』
『土を掘っても地獄には行けないんだ』
『会いたいのは分かります』
『…悔しいのも分かる』
『もうやめよう、爪が剥がれちまう』
『うぃーっす、ホットミルク持ってきたんすけど飲みますー?』
モナの言葉を信じて夜に手で土を掘っていたアンジュを見つけた支部員は各々がアンジュを止めた
皆が悲しげな顔でアンジュを見ているのにアンジュは何も感じなかった
ただ涙を流しながら“会いたい”“謝らなきゃいけない”と小さく口にしていた
能力を持った事で仲間に抱く罪悪感が彼を壊してしまいそうなくらいに膨れ上がっていた
飛ぶ事も掘る事も許されないアンジュは綺麗な夜空を眺めながらソッと星に両手を差し伸べてた
死んだ人は星になる
その言葉もちゃんと覚えてたからお星様に見えるように両手を差し出した
もしかしたらアンジュの知ってる能力とは別に何か持ってるかもしれないから
もしかしたら皆に届くかもしれないから
もしかしたら皆に……
『ア〜ンジュ』
『風邪ひきますよ』
『しょうがないっすね〜、ちょっと天体観測でもしますか〜』
アンジュの姿を見つけた支部員がぞろぞろと外に出てはアンジュを中心に横並びになる
そして皆手を合わせた
『アンジュ、天国も地獄も人間が作ったものだ』
『ぶっちゃけあるのかすら分かんねぇっすわ』
『死んだ人が何処に行くのかなんて私達には分かりません』
『だからよ、生きてる人間は手を合わせるんだ』
『大切だと思える人に出会えた…その事実に感謝するんだよ、アンジュ』
アンジュはそれを聞いて支部員に合わせるように手を合わせた
いただきますをする時と同じように
生命というものに感謝するように
出会えた事にも感謝をする
そして数分静かな時間を過ごした
『さ、帰るぞ〜』
『またホットミルク作らないといけないんすけど…』
『俺は紅茶で』
『つかモナ支部長にバレたら怒られんじゃね?』
『怒られませんよ、亡くなった“仲間”に黙祷するのは当たり前ですから』
『“不変”“不変”』
支部員はアンジュの純粋さに寄り添った
アンジュはただ仲間思いで優しくて時折おばかしちゃうような可愛い存在
そんなアンジュが苦しんでるのなら
寄り添う事が彼らにとっての“正義”なのだ
“アンジュ 逃げよう”
ある日、桃華との面会の際に桃華がアンジュにメモで伝えた
常に目の下に涙痕を残し
逃げられないように専用のチョーカーや拘束具を付けられて
それでも尚、桃華の前では笑ってるアンジュがあまりにも痛々しかったからだ
桃華は不平等である事は当たり前だと思ってた
寧ろ平等である事の方が違和感を感じていた
目の前に居るアンジュは明らかに“不平等”を体現してる
それでも受け入れられなかったのはアンジュが誰もに優しく
それでいて桃華の友達だからだ
不平等であるのは受け入れられても
友達が傷ついてるのを受け入れられる程、桃華の心は腐りきっていない
だからアンジュを連れ出そうと考えた
アンジュは桃華と他愛無いお喋りをながら器用にメモに追記していく
“どうしたの?”
“ここに居たら壊れてしまう”
“桃花さんが?”
“そうだ”
“わかった でもどうやって?”
“アンジュのチョーカーと拘束具を壊せる物を探す”
“あるの?”
“探し出す 見つかったらまた伝える 待ってて”
“わかった”
メモで会話してから面会時間を終えて2人は離れていった
アンジュは桃華が逃げたいのなら逃がしてあげたいと考えた
だって唯一近くに居る仲間だから
協力したい
とある日に1人の支部員がアンジュに声をかけた
そしてちょいちょいと手招きして普段は立ち入り禁止の書類室にアンジュを誘い出す
『どうしたの?』
『アンジュ、俺らのタイムスケジュールは頭に入ってるな?』
『う、うん…。』
『夜の見張りの配置とかも分かってるな?』
『うん…。』
『次の満月の夜、俺らはぐーっすり寝てる。そりゃもうイビキかいて爆睡する』
『…?』
『で、武器庫の鍵はぐっすり眠る俺の腰に付いてる』
『…………!?』
『中にはスタンガンは勿論ナイフも入ってる』
『ま、待って…。』
『運悪く俺は鍵を失くしちまうし、運悪く武器庫に侵入者が入っちまうな』
『………。』
『チョーカーのココ、強い電流に弱いんだってさ』
『なんで…。』
『怒られる前に部屋から出るぞ〜』
アンジュは支部員の言葉を理解してしまった
出来てしまった
心臓が嫌な鳴り方をする
変な汗が出てきてしまう
アンジュは体調不良という事で早々に部屋で休む形になった
こっそり渡されたメモと通信機には“天堂 桃華”の名前とモールス信号が記載されていた
“・--・ -・-・・ ・・ ・・-- -・・- ・-・-・ -・-- ・・ ・--・ ・・-- -- -・--・ ・・- ---- ・・ ・・・- ”
次の満月の夜動く
『モモちゃん、上手く出れた?』
『…はい。』
『よしよし、こっちも良い感じ』
『なんで私達に協力するんですか?』
『何言ってんだ?』
『はい?』
『“鳳団一般団員の俺ら”は今ぐっすり寝てるんだ』
桃華は支部員の協力というか助言の元、上手く配属先から抜け出してきたらしい
桃華も鳳団側からしたら意味が分からない事に協力的な支部員に疑問を持っていた
もしかしたら罠なのではないか?なんて思っていた
でも実際は隊服を脱いで目立たない服に着替えて顔を隠してる“鳳団”とは思えない彼らが待っていた
『アンジュ、翼動くかい?』
『うん。』
『ちょっと痛くても我慢しろよ』
『わかった。』
アンジュの翼を拘束するベルトを切って布を外してからスタンガンを微調整しながらチョーカーに近付ける
電流を流す装置を破壊してから手早くチョーカーを外してやった
『よし』
『取れた?』
『アンジュ、上手く飛べよ』
『……。』
『モモちゃんを落とすなよ』
『…わかった。』
『モモちゃん、アンジュちょっと抜けてる所あるから上手くサポートしてやってな』
『……あぁ。』
『さ、早く。チョーカーは発信機も着いてるからバレるぞ。…二度と戻ってくるな、海を越えるくらい遠くに行け』
アンジュは支部員に背中を押される
そして桃華を抱き上げて翼を広げて空に浮かんだ
何か言おうとしたが早く行けとジェスチャーする支部員に応えるように星空と満月が輝く夜空に向かって飛んでいく
ひらりと舞い降りた1枚の白い羽根を支部員は手に取った
『“鳥”は空を飛んでなんぼだな』
『あぁ、“鳥”は空がよく似合う』
『片付けるもん片付けるか』
『俺らクビだろうな』
『飛ぶべき“鳥”を籠から出してクビになるなら仕方ねぇさ』
『俺らの首が飛ぶかもしれないぜ?』
『なんだ?今更後悔してんのか?』
『ハハッ後悔してたらこんな事する訳ねぇだろ』
『だな』
✕✕✕ ✕✕と✕✕ ✕は元獲麟衆である2人を職務怠慢を理由に逃がした
計画的な犯行から推測するに上記2名は逃亡者に協力していたと思われる
更生済とはいえ元獲麟衆を逃がした罪は大きい
支部長であるモナ・イリオスには厳重注意を言い渡された
あくまで上記2名の独断による行動と判断された為、降格は免れた
上記2名は即刻解雇とされる
上記2名はこう語る
“悪”は所詮“悪”であり更生済も肩書きだけに過ぎない
優しさだけじゃ全てを救う事は出来ないし自分だって救えない
彼らは“元獲麟衆”であると同時に仲間を想うだけの人間だった
だから私達2人は彼らを閉じ込め拘束し自由を奪い楽しく語り合う事すらも許さない行為そのものを“悪”だと判断した
彼は“鳥”であり彼女は“番”みたいなものだ
“鳥”ならば空高く飛んでこそ正しく生きられる
私達2人は己の“正義”を旨に動いた
そこに一片の後悔もない
お題:心の境界線
〜あとがき〜
優しさとか
正しさとか
正義とか悪とか
そういう考えとかソレを捉える心とか
諸々考えると何もかも曖昧で
人間って大変だなぁって思いました
心の境界線かぁ
皆は何処にありますか?
自分は境界線を何本か引いてます
入っていい人と入っちゃいけない人を分けてます
近ければ近い程心を打ち明ける量を増やしてます
差別的でしょうか
区別してるだけでしょうか
心の境界線は自分には分かりません
きっと作品に出た子達も上手く分からないんでしょう
11/10/2025, 7:00:04 AM