行かないで
「お父さん、家を出ていくことになったんだ」
ある日突然、明日の天気を告げるようにそう言われた。あまりに自然な離婚の報告だった。
だから、なのか。あぁ、そういうものかと受け入れてしまった。お父さんが家を出ていく。喉元をとんとん叩いて、飲み込んだ。
違和感に気づいたのは意外と早かった。
夕食が二人分しかない。お風呂に入る時間が早くなった。いびきが聞こえない。せんべいの減りが遅くなった。
お父さんがいない違和感が、家の中にごろごろと転がっている。飲み込んだものがそのまま戻ってくる気持ち悪さが、遅すぎる悔いと一緒に私にのしかかる。
せめて、「行かないで」の一言くらい、言っておけばよかった。
ゴミ袋の中の、お父さんの茶碗を見て、私はまた思う。
10/24/2023, 11:52:53 AM