「こ、これは……」
ゴクリ、と生唾を飲み込む。一目見た瞬間に理解した。それは甘く、仄かな酸味を感じさせ、そして細やかな粒立ちと滴る果汁が渋皮の苦みという輪郭の中で弾ける、至高の果実――。
「みかん「オレンジ」――ん?」
「あ゛?」
――その一言で理解した。コイツは、敵だ。
「てめェ……。今、“みかん”のことを何て言いやがった」
「貴様、この“オレンジ”を、まさか惰弱な“みかん”などと一緒にするというのではあるまいな」
噛み締めた歯が軋む。あろうことかこのヨーロッパかぶれの金髪クソ留学生、みかんのことをオレンジなどという低俗かつクソ酸っぱいエセ果物と一緒にしやがったのか。純日本男児である俺は義憤と共に“敵”を睨みつけ、口を開く。
「“みかん”は、単体で完結した完全食だ。料理の添え物なんかじゃねぇ、ただそれのみで完成された、究極のフルーツなんだよッ!!」
「ハッ、オレンジが添え物だと!?無知は本当に愚か!普通に単体で食えるしカットの仕方で小洒落た感じにもなる!何より貴様が飲んでるそのジュース、“みかんジュース”とは言わんだろうが!!」
「言うよ!全然言うよ“みかんジュース”!!より甘みが強く引き立つ最強の飲み物だろうが“みかんジュース”は!!てめぇこそ無知を晒しやがってッ、今日こそ引導を渡してやるッ!!」
留学生野郎がハッと鼻を鳴らし、その長い髪をバサリとやった。美人がやるとそれだけで場が華やぐ。ハーフだというその女は、漫画で学んだ謎の語彙により妙に芝居掛かった日本語を話す。だがそれが似合ってしまうツラの良さがあるのが、どうにも気に食わない。
ちくしょう、バカにしやがって。この水と油の如く全く噛み合わないこんなやり取りをかれこれ半年も続けているが、毎度毎度わざわざ俺の発言に被せるように言ってきやがって。今日という今日はさすがに許せん!
何がオレンジだこの野郎!普通に“みかん(国産)遺伝子組み換えでない”って書いてるじゃねぇか!!
「ハッ、その意気だ!さぁ来いッ!私はそう簡単には敗れんぞ!!」
「そのクソ生意気なニヤケ面もここまでだてめぇクソこの野郎ッ!死ねぇ!!」
俺はかつてない戦意と共にド畜生に挑みかかり、ワンパンで沈んだ。哀れ……。
「ただイチャついてるだけじゃねぇか。死ね」
そして通りすがりのインド人が舌打ちをする、そんな国際スクールの一幕。ちなみにみかんもオレンジも、原種はインドのものだったという。どうでもいい。
12/29/2024, 3:15:58 PM