渚雅

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「あなたはいいね」

なんてことのないセリフだった。嫌味と呼べる精一杯の含みは,特別この心を切り裂いたりもすることはなく ただ投げつけられては消えた。何の変哲もない振動として。

そう。決して痛くはなかった。『そう? かもね』いい子と呼ばれる笑みと眼差しで返事できるくらいに 心を動かされない出来事だった。優しさは一欠片もない,マリアのような慈悲深さで。


"大した意味も意図もない,苛立ち紛れの八つ当たり"あの人の行動を言葉にするならそう言えたから。

……自分の感情もコントロールできない子供の戯言
そんなものは琴線に触れなかったから。


きっとそれは,傲慢な余裕に似ていた。自分は恵まれているのだと相手を下に見るが故の 余裕。それは,ある意味で揺るぎない自身の価値を見出すきっかけのひとつだった。

あるものを 与えられたものを 数える性質。この身を心をつくるそれ。幸せに生きる為の小さな鍵。


むかし誰かに尋ねたことがあった。'何故羨むの'と。答えは覚えていない。それと同じシーンは幾度となく繰り返されて,今に至る。



『悲しい人だね あなた』

幸も不幸も紙一重。表も裏も見方次第。結局どれも同じこと。 そう伝えても詮無きこと。その事実はもう知っているから。


『ないものねだり なんて』

意味がない とは言わないよ。



テーマ : «ないものねだり» no.6 - 55

3/26/2023, 10:55:49 AM